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外伝03
 水の都アムルのはるか北に、険しい山々に囲まれた草原がある。その草原の真ん中に、高い高い塔が建っている。
 文字通り雲を突き抜けて建つその塔は、古代人が技術の粋を集めて造った水晶の塔。シルクスの塔とも、クリスタルタワーとも呼ばれるが、人里離れた地に在る故に、存在そのものが知られていない。

 華美で壮麗なその塔の、とある部屋の中央に、妙な物体が置いてある。 簡単な炉のついた正方形の卓の上に布団をかぶせ、その上に卓と同じ大きさの板を乗せたもので、「こたつ」というらしい。
 この部屋を使っている双子が闇の世界から持ち込んだもので、あちらでは割とメジャーな暖房器具らしいのだが、こちらでは、ほとんどお目にかかれない。
 魔王ザンデも、闇の世界で初めて「こたつ」を見た時には、軽い怒りさえ覚えたものだった。外見はもっさりと野暮ったいし、暖房器具としての威力も低い。暖房など、暖炉があれば充分なのに、なぜ、このような、へんちくりんな物体が必要なのか……。
 が、実際に足を突っ込み使ってみると、予想外に居心地が良い。
 そのなんともいえない温かさに感動し、ぼそりとザンデは呟いた。
「……意外と良いな。……うん。悪くない」

 だから、ザンデは、双子がクリスタルタワーに「こたつ」を持ち込んでも、特に文句は言わなかった。
 その野暮ったい見てくれが、クリスタルタワーの荘厳な雰囲気にそぐわないという致命的な欠点はあるものの、それを補って余りある魅力が「こたつ」にはある。
 ……ある意味、彼は、双子以上に「こたつ」の魅力に取り憑かれていたのだった。

 その日も、ザンデは「こたつ」に入って読書をしていた。
 周囲には、三日前に仕入れた本がうずたかく積まれている。端から見れば、本に埋もれているようにも見える。……あるいは、本の海に溺れているようにも。
「あらあら」
「二刻前と同じ体勢~」
「これだから本の虫は~」
 聞き慣れた声が聞こえて、ザンデは顔を上げた。
 視線の先には、模写でもしたかのようにそっくりな双子。違いといえば持ち物だけ、向かって左の奴はお茶と酒の乗った盆を、右の奴は、湯気の上がる鍋を持っている。
 そっくりな双子は「失礼します~」と言いながら、卓上の本を退け、布巾をかけて、手際良く食事の準備を整えていく。
「あのな……」
「駄目です!」
 双子は、ザンデの文句を問答無用で遮って、山と積んだみかんを卓の中央に乗せた。
「ザンデ様、ずいぶんと長いこと、そうしてらっしゃるでしょう?」
「もう三日くらい経ちますかねぇ」
「しかも徹夜? ですよね?」
「ちょっとは休憩しないと、効率だって良くないですよ~」
「そうそう! ……そもそも、こたつで読書っていうこと自体、あんまり効率良くないと思いますけど」
「それはそれとして、はい、ごはん」
 目の前に、粥の入った椀が差し出されるに至って、ザンデは観念した。手にした本に栞を挟み、ぱたんと閉じる。
「本当に、お前達は強引だな」
「強引じゃないと、こんなお仕事、やってられませんよ~」
「それに、ザンデ様には、ちゃあんと健康でいてもらわないと!」
「いざ『暗闇の雲』を召喚する時に、栄養失調で倒れられたら、大変ですもの」
「……」
 ザンデは黙って、木の匙に手を掛けた。ほこほこと湯気を上げる粥を掬って口に入れると、予想以上に空腹であったことに気がついた。文字通り、あっと言う間に平らげて、二杯目を要求する。
「うぅん、見事な食いっぷり」
「やっぱりお腹空いてたんですね」
「ちゃんと食べないと、大きくなれませんよ」
「……これ以上大きくなってどうする」
「でも~、僕らの本性よりは小さいでしょ?」
「当たり前だ!」
 まったくお前達は、と文句を言いつつ二杯目も完食し、三杯目にとりかかる。
「……心配しなくとも、召喚は成功させてみせるさ」
「おや。大きく出ましたね」
 揃ってみかんの皮を剥きながら、双子は目をぱちぱちと瞬いた。
「ま~、ザンデ様ですからね。召喚自体は、必ず成功するって信じていますよ」
「問題は、その後です」
「ふぅん?」
 ザンデは口の端を持ち上げ、ニヤリと笑った。
「早くも敗北宣言か?」
「まさか!」
 双子は揃って首を振った。
「僕達は負けませんよ~」
「憎っくき『暗闇の雲』なんかに、負けてなるもんですか!」
 するとザンデは、声を上げて笑った。
「威勢がいいな。……ちゃんと、勝算はあるんだろうな?」
「勝算、ですか」
 双子は、うふふと笑って互いの顔を見合わせた。
「内緒です」
「秘密です」
「そういうザンデ様はどうなんですか? 勝算は?」
「さぁ。どうだろう」
 ザンデはおどけるように言って匙を置き、酒に手を伸ばした。
「勝ち負け云々よりも……、私は、単純に、『雲』に興味があるな。すべてを否定し無に帰す、この世のどんな力よりも純粋で絶対的な力。ドーガやウネはもちろん、師ですら手にすることのなかった力……。必ず、手に入れてみせるとも」
「おお~」
「渋い~」
「格好いい~」
「私がやりたいのはそこまでだ。あとはお前達の思う通りにすればいい」
 ザンデは酒を一気に飲み干すと、野太い笑みを浮かべてみせた。真っ赤な瞳が、仄暗い殺気を孕んでギラリと光る。
「……もっとも、そう簡単に負けてやるつもりはないがな」

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