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外伝04
「私はもうじき死ぬだろう。……寿命だよ」
 ある日、ノアは、あまりにも突然すぎる宣言をした。

 彼は、普通の人間ではない。神代に生まれ、古代文明の繁栄を知り、光の氾濫とその厄災をも生き延びた稀代の魔導士。
 並の人間であれば、触れることさえかなわぬ領域のことをやすやすと理解し、難解な数式を組み上げて、展開・実行してしまう。まさに魔導士の中の魔導士。
 その彼が、三人の弟子に、大事なものをひとつずつ、プレゼントした。

「ドーガが魔力、ウネが夢の世界、そして私が人間の命……」
 呟くなり、白髪の少年は、びきっ、と額に青筋を走らせた。
「ふっざけるなぁぁッ!」
 がしゃーん!
 床に叩きつけられたグラスが、甲高い音を立て砕け散る。真っ赤な絨毯の上に撒き散らされたガラスの破片が、蝋燭の明かりを反射してきらきら光る……そのうちのいくつかに、拳を握り、全身を震わせる少年の姿が映っている。
「人間の命だって? ……それが何だっていうんだ!」
 もう一度、がしゃーん!
 荒れる少年に、白くてふわふわでまるっこい生き物が、わらわらと集まってくる。
「あああ、ザンデ様」
「どうか、どうか落ち着いて!」
「黙れモーグリ。これが落ち着いていられるか! 私は人間だ。人間の命など、もう既に持っている! これでは、何も貰っていないのと一緒だ!」
 白い生き物……モーグリ達に宥められても、怒りはまったくおさまらない。
「例えるなら、客が来た時に茶菓子がひとつ足らなくて『あなたには空気をあげます』と言っているようなものだろうが! 確かに空気は大事だが、貰ったって、嬉しくともなんともない!」
「ニャ~……」
「ああもう、胸クソ悪い! 今日はもう寝るっ、徹底的にふて寝してやる!」
 少年はガリガリと頭をかきむしり、巻いていたバンダナを引きはがし、ついでにモーグリを一匹捕まえて、自室に突進していった。
「……、なぁ」
 懐炉がわりに抱えたモーグリに、少年は、小声で、そっと、問いかけた。
「お前にはわかるか? 人間の命の価値」
「……」
 モーグリは大きな目をぱちぱちさせて、少年の顔をじっと見た。どうやら怒りは納まったらしい。こっそり安堵の息を吐きつつも、モーグリは言葉を選びながら慎重に答えた。
「人間の命というのが、大切なものであることには間違いないと思います。魔力も、夢の世界も、命があってこそ、意味があるのですから。……特に、ノア様のような、うんと長生きの方がおっしゃるからには、何か、深い意味があるんだと思います」
「一般論だな」
 ふん、と少年は鼻を鳴らした。
「命が大切だということも、時間が有限だからこそ一生懸命生きられるんだって理屈も、ちゃんとわかっているつもりだ。けど、……私はもともと普通の人間だぞ。師匠みたいに、無茶苦茶長生きできる人種じゃない……有限の命の持ち主だ」
 そう、それが、この少年の不思議なところだった。彼の魔力は、明らかに普通の人間を凌駕し、ノアと同じ領域にまで達している。けれども、身体的には、現代の……普通の人間と、まったく変わるところがないのだった。寿命もまた然り。
「人間の命、か」
 少年は、もぞもぞ動いて身体の向きを変え、天井を睨んだ。
「……そもそも、長生きしたいなんて思ってないしな」
「ザンデ様」
「別に、ヤケを起こしてる訳じゃないぞ。単に、ダラダラ生きるのは嫌、それだけだ。そんな私に、人間の命……。師匠のことだから、きっと意味があるんだろうけど、……やっぱりムカつくな」
 言って、ほう、と白い息を吐く。
「絶対、魔力や夢の世界の方がいいよな」
「……」
「そう思ってしまうのは、知識や経験が足らないから、なんだろうか。今よりもたくさん勉強して……修行もして……見識を増やして……もっともっとちゃんと大人になったら、人間の命の意味が、わかるようになるんだろうか」
「……私には、わかりかねます」
 モーグリは言った。
「けれども、ザンデ様に、意味をわかろうとするご意志があるのなら、きっと、わかる日が来ると思います」
「……そうだよな。私もそうだと信じたい。けど……」
  少年は、まん丸いモーグリの身体を、ぎゅう、と胸に押しつけた。
「……」
 しばし、沈黙。
 モーグリは、どうしたものかと考えを巡らせた。人間の命などという『下らないもの』を与えられたことに対し、ザンデは、明らかにショックを受けている。自分は師に愛されていなかったのではないかと疑っている。人間の命の価値と意味を考えることで、必死に否定しようとはしているけれど、心の奥底では、半ば確信してしまったのではないかと思われる。
 そのことで、この少年のこころが、歪んでしまわなければよいのだけれど。
 ……だから、モーグリは、優しく語りかけた。
「大丈夫ですよ、ザンデ様。ノア様は、ザンデ様のこと、嫌ってなんかいません。私達も、ザンデ様のこと、とても大事に思っていますから」
「うん……」
 抱く腕に、一段と力が込められる。モーグリは、内心「……苦しい!」と思いながらも、少年が眠りに就くまで、優しい言葉を掛け続けた。

 そして、翌朝。
 モーグリが目を覚ますと、少年の姿はすでになかった。
 彼はいつも早起きだから、先に食堂へ行ったのだろう、そう考えて身を起こすと、いやに部屋が寒々しく見えた。
 ……少年の、身の回りの品が消えている。
 血の気が引いた。
 慌てて仲間を叩き起こし、全員で捜索にあたったけれども、少年の姿は、もうどこにも見当たらなかった。

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