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FF3おはなし09

 竜が向かった先は山の頂上。断崖絶壁に囲まれた、テーブルのように真っ平らな場所に一行を放り出すと、再びどこかへ飛び去ってしまった。
「うへ~」
「何なのよ、いったい!」
「けど……ほら! 寝っ転がると気持ちいいよ!」
 大の字になって寝そべったラーンが歓声を上げる。そこには藁や羽毛や麦の穂などの巣材が敷き詰められていて、ふわふわのふっかふか。
「ここでなら、今すぐにでも眠れちゃうよ!」
「確かにいい感じだけど、状況を考えると、呑気に寝てる場合じゃないわよね」
 ユールは厳しい顔をしてあたりを見回す。
「私達、ちゃんとカナーンに帰れるのかしら」
「とりあえず、ぐるっと一周して、下へ降りられる場所があるかどうか、見てみようぜ」
「あと、薬草も探さなきゃね!」
「そうね」
 断崖絶壁の縁をなぞるように探索をはじめた四人は、ところどころに木や草が生えているのを見つけたが、目的の薬草ではないようだ。そうして半周くらい歩いたところで、場違いなものを耳にした。
 鼻歌。
「なんだぁ?」
「おーい」
「誰かいるの?」
 声をかけると、鼻歌はピタリと止んだ。
 しばしの静寂。
 やがて、四人から数歩離れたところの巣材がごそごそと動いて……「よぉいしょっと!」ひとりの青年が、すぽん、と顔を出した。彼は、何か面白いものはないかと探し物をしている悪ガキのようなまなざしで四人を見ると、次の瞬間、天を仰いで爆笑した。
「いや~、こいつぁ驚いた!」
 青年が、からから笑いながら立ち上がると、その全身が見えた。思った以上に背が高い。歳の頃は二十を少し越えたくらいか、藍色のかっちりした服に身を包み、長く伸ばした焦茶色の髪をひとつに束ねたなかなかの美男……だが、その外見に似合わない陽気な調子で、次から次へとよく喋る。
「こんなところで人間に会うとは思わなかったな~! しかも四人! アンタ達、カナーンの人かい? それとも旅行客? それとも、うっかり竜に捕まって、ここまで連れて来られちまったクチかい? ははは、ドジだね~!」
 大声で豪快に笑われて、ラーンは機嫌を損ねた。足を踏ん張り、腕を組んで、相手を威嚇するように睨む。
「アンタ達『も』って言うからには、そっちもそうやって来たんでしょ! 同類にドジ呼ばわりされる筋合はないよ!」
「へへっ、違いねぇ。悪ィ!」
 意外にも、青年はあっさり引き下がった。
「俺はデッシュってんだ。探し物をしながら、あちこちをフラフラ旅してる風来坊! ここで会ったのも何かの縁、以後よろしくっ!」
  彼が握手を求めて出した右手は、緑の葉っぱでいっぱいだった。こりゃ失敬、と葉を左手に持ち替えて、ひとりひとりと握手する。
 最後に握手をしたユールが聞いた。「その葉は何?」 「これかい? こいつはエリキサって薬草さ。巣の端の方に、たくさん生えてた。この草を特別な方法で精製すると、エリクサーってぇすんげぇ薬になるんだが……シドの婆さまの病気くらいなら、草のまんまでも十分効果があるはずだぜ!」
 その言葉に一行は驚いた。
「じゃあ、あなただったのね。薬草を探しに行ったきり戻ってこない男っていうのは? カナーンのおばさん達が心配してたわよ」
 するとデッシュはバツが悪そうな顔で、ポリポリ頭を掻いた。
「そりゃあ悪いことしたなぁ。けど、山登りの途中でいきなり竜に連行されちまったもんだから、連絡のしようもなくってなぁ」
「それはそうだろうなー。……ま、こうして薬草も見つけたことだし、あとはさっさと戻るだけだな!」
「どうやって」
 ルーンの呟きに、一行は完全に沈黙した。なにしろここは断崖絶壁の上。まさか飛び下りる訳にはいかないし、ロープを使って降りようにも、端を結べそうな場所がない。
「そういえば」ナータがユールの方を見る。「魔法でどうにかならねーのか? こう、瞬間移動とか、そういうの」
「ん~……そういう魔法もあるにはあるんだけど、かなり高度な魔法だから、修得してないわ」
「そいつは残念。じゃあ、行きと同じく、竜に連れてってもらうしかねーのか」
「そうタイミングよく竜が来るかしら。仮に来たとしても、カナーンの方へ連れて行ってくれるかしら。もしかしたら、もっととんでもない場所に運ばれてしまうかも」
「それはありうるなー」
 五人で顔をつきあわせ、ああでもない、こうでもない、とやっているうちに、はばたきの音が聞こえてきた。
「竜が戻ってきた!」
 ラーンが、よぉし、と拳を固めて立ち上がる。
「こうなったら、あいつにどうにかしてもらおうよ。全然違うところに連れてかれちゃっても、ここでうだうだしてるよりはずっとマシだと思うし」
「そうするしかないのかしらねぇ」
「そうと決まれば、善は急げだ! おーい!」
 ナータが立ち上がって手を振ると、竜はぐるりと旋回し、大きな口を開けたまま、こちらへ一直線に飛んでくる。
「おっ! 来た来たぁ!」
 ご機嫌で両手を振るナータの隣で、ユールは不安を隠せない。
「ねぇ、あの竜、機嫌悪そうじゃない?」
「ああ、悪いな」
 ルーンが低い声で呟くのを聞いて、ユールは、はぁ、と溜息をつく。
「何かと察しのいいあんたがそう言うんなら、間違いないわね」
「となれば、手はひとつだな」
 今までずっと朗らかな笑みを絶やさなかったデッシュが、ひどく真剣な表情をして、一言。
「逃げろ!」
 デッシュが腹の底から叫んだのとほぼ同時。竜は口から青白い光を吐いて、断崖の一部を斜めにスパリと焼き切った!
 切り取られた岩は、草や木やフカフカ巣材を乗せたまま、ゆっくりと、崖の下に落下していった。その様を見て、五人は背筋を凍らせた。ナータなどは、傍から見てもはっきりわかるほど、膝をガクガク笑わせている。
「な……なんつー威力だ……。自分の巣をブッ壊すたぁ、よっぽど機嫌が悪いんだな」
「目当ての男にフラれたのかもな」
 ルーンの呟きに、一行はしばし沈黙する。
「目当ての男に?」
「フラれた?」
「メスなのか? あれは?」
「どこからどう見てもメスだろう」
「……」
「オスとかメスとか、全然考えてなかった」
「普通は考えないと思う……っと!」
 竜を睨みながら、ユールが鋭く叫ぶ。
「来るわよっ!」
 竜はぐるっと一周旋回し、再びこちらへとむかってくる。
「こうなったら……」デッシュが、さっき切り取られた絶壁の縁から下を覗き込み、低い声で呟いた。「思い切って、飛び下りるしかねーな」
「えっ」
「飛び下りるって」
「ここから?」
「しのごの言わずに行くしかねぇだろ! よっ!」
 言うが早いか、デッシュはひらりと宙に身を躍らせた。
「うわーっ! 本当にやりやがったぁあ!」
 建物にすれば五〜六階分。目のくらむような距離を飛び下りたデッシュが吸い込まれた先は、竜が切り落とした岩の上。彼は、ぼふっ、と柔らかそうな音とともに着地すると、四人のいる方を見上げて「おーい」と手を振ってみせた。どうやら、ぶ厚く積まれた巣材が緩衝材になって、怪我などもせずにすんだらしい。
 四人は顔を見合わせた。竜はもう、すぐそこまで迫っている。半ばやぶれかぶれに、けれども着地する場所を間違えないよう冷静に、四人は宙へと飛び出した。

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