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FF3おはなし20

 びゅうびゅう鼓膜を震わせる風の音。
 ついさっきまで、両の足で踏みしめていた床が、今は頭の上にある。そして下には白い雲。さらに下には地上。
 このまま落っこちて、ばしーん、と地面にぶつかったら……。嬉しくもない想像が脳裏をかすめる。無駄とわかっていながらも、ナータは両手両足をバタバタさせて、なんとかならないかと試みる。
「わーっ! 冗談じゃねえ! ちっくしょー、こんなところで死んでたまるか! どうにかする方法はないのかよっ?」
 いつも厳しく突っ込んでくれるはずのユールは放心状態。かわって口を開こうとしたのはラーン、けれども彼女もあっと驚いた顔をして「あれって……!」と頭上を指さしたきり、言葉を発することができなかった。
 それは決して恐怖のせいではなく、そこに思いもよらないものを見つけたから、だった。
 こうして下に落とされて、ようやくはじめて見えたもの。長老の木で造られた空飛ぶ城の最下層、その複雑に絡まった根の中に、しっかりと、大事そうに抱き込まれているもの。それは、かつて、迷い込んだ洞窟で見たものと瓜二つだった。
 根の隙間から漏れる、眩しくも優しい光。
「クリスタル!」
 四人が声を揃えて叫んだ瞬間、長老の木の根がしゅるりと伸びて、四人をからめとった。
「わっ!」
「きゃあ!」
 突然のことに、四人は飛び上がらんばかりに驚いた。けれども、どうやら自分たちは助かったらしい、ということを理解して、大きく安堵の息をついた。
「……あ~……。今回はマジで死ぬと思った……」
 自分を抱える根っこにぐったりと身体を預けるナータ。その隣のルーンは「何だ、情けないな」といわんばかりに余裕を漂わせ……ようとしてはいるが、身体は細かく震えているし、顔色も真っ青だ。
 はるかな高みに浮かぶ飛行物体から命綱もなしに放り出されて、平気でいられる方がおかしい。
 ……が、おかしい奴がひとりいた。
「ねえねえ! すごいよねぇ! 火のクリスタルが、あんなところにあったなんて!」
 ラーンの興味はすっかりクリスタルに移っていて、落下の恐怖など、もはやとっくに過去のもの。嬉しそうにきゃあきゃあはしゃぐ彼女に、ユールはうんざり気味。
「勘弁してよね~。こっちは落とされたショックで頭ん中が真っ白よ。心臓だってバックンバックン言ってるし……。あぁ、気分悪ぅ」
 何はともあれ、このまま根っこにからめとられたまま宙ぶらりん、というのは都合が悪い。
「どうにかして、クリスタルのところまで戻らなきゃね」
 ユールが言うと、根っこはゆっくり縮んで、一行をクリスタルの元へと運んでくれた。
 ここまで来れば、編み目のように絡み合った根が、立派に足場の役目を果たしてくれる。自分の足で長老の木の根を踏みしめて、四人はクリスタルと対面した。ひとかかえもある六角柱の宝石は、優しげな光を周囲に投げかけ、緊張した心と身体を解きほぐしていく。
 四人がすっかり落ち着いた頃、火のクリスタルは、優しくも威厳あふれる声で語りだした。
「私の力を利用し、大陸を落とそうと画策する者がある。私を動かし、長老の木を動かしたのも、すべては闇に魅入られし者の仕業。ハインはその先触れにすぎぬが、奴を倒せば、オーエンの塔の暴走を食い止めることができる。……頼めるか?」
「もっちろん! そのために来たんだもんね!」
 ラーンの歯切れの良い返事に、火のクリスタルは満足したようだった。
「ハインは闇の力によって守られている。奴を倒すには、弱点を見抜いた上で、強い『力』を叩き込まなければならない。我が内に眠る力を、そなたたちに授けよう」
 四人は、かっ、と身体が熱くなるのを感じた。自分たちの中に、クリスタルに宿っていた『心』と『力』が流れ込んでくる!
 力強い励ましを得た一行は、クリスタルに礼を言うと、慎重に根っこを登り、ハイン攻略に着手した。
 複雑に絡み合った枝の迷路を抜けて辿りついた先は、見覚えのない部屋。人の姿は見当たらず、調度品のたぐいも見当たらない。ただ、巨大な木を真四角に切り取っただけの、殺風景な部屋だった。
 この城が生きた一本の木であることを改めて思い出したラーンは、拳を握って憤る。
「もー、何が何でもハインを見つけてブッ飛ばさなきゃ!」
「その前に、さっきまでいた、あの部屋を探しましょうよ」
 ユールが提案する。
「あの大広間にいたおじさんを探して、抜け道を訊かないと」
 しかし、思った以上に一階は広かった。似たようなつくりの部屋が全部で九つあり、そのうちの三つが、ハインの手下の魔物で一杯だった。
 紫色の邪悪な霧・レムレースや、呪いの瞳で睨みつけてくる蛇女のラミアなど、手強い敵がわんさかいたが、火のクリスタルの力を得た四人の相手にはならなかった。最初は怒濤の勢いで襲いかかってきた魔物達も、かなわないと悟るや否や、四人の姿を見ただけで逃げ出すようになってしまった。
「なーんか、こっちが魔物になった気分よ」
 ゲンナリするユールに、まあまあ、と気楽な声を掛けたのはナータ。
「戦わずに済むんなら、それにこしたことはないだろ?」
「まぁね。あいつら全部を相手にしていたら、体力がいくらあったって足らないもの」
「俺はつまらない」
 ボソリと呟くルーンに、勘弁してよね、と、ユールがぼやく。
「ハインとぶつかれば、嫌でも大喧嘩ができるわよ」
 軽口を叩きながら入った最後の部屋は、床が焦げ、大穴が開いていた。その穴から逃げるように、大勢の人々が、部屋の隅に固まっている。
「間違いない。ここが、最初に放り込まれた、あの部屋だ」
「けど、あのおじさんがいないよ」
「えぇ?」
 近くにいた若い男に男性の行方を訊くと、悲鳴に近い声で「あのお方は、ハインに連れて行かれた!」と叫んだ。
「なんですって?」
「あのお方って?」
 おうむ返しに訊いたラーンに、悔し涙を浮かべた男は、絞り出すように声を上げた。
「あのお方は、我らが主。アーガス王にあらせられる」
「……!」
 四人は顔を見合わせた。
「王様だったのか」
「知らなかったとはいえ、結構フランクに喋っちゃった」
「どこに連れて行かれたんだろう」
「きっと、5階よ。ハインが居座ってる最上階!」
「急ごう!」

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