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FF3おはなし21

 アーガスは、世界で最も古い国家。それ故に、王家には様々な宝物が伝わっている。長老の木の城の最上階には、アーガス城から運び込まれた貴重な品々で満たされていたけれども、中でも最も貴重なもの……古いけれども、丁寧に手入れされ、ぴかぴかに磨き抜かれた黄金の玉座……そこに、魔道師ハインは座っていた。気障ったらしく足を組み、両の手を肘掛けに乗せて、ふんぞり返った格好で。
 その足元にうずくまっているのは、灰色の、薄汚れた服に身を包んだ誰か。乱暴をされたらしく、服のあちこちは破れて血に汚れていた。顔にも大きな痣があったけれども、それでもなお、褐色の瞳には、強い力が宿っているのだった。
「……いい加減、覚悟を決めては如何か」
 ハインの声には、うんざりしたような色が混じっている。
「圧倒的な力の前には、人間の抵抗など、何の意味もなさぬ。つまらない意地を張らず、私に従うがいい」
「断る」
 間髪入れずに男は答える。顔を上げ、厳しい瞳でハインを睨んだ彼こそ、四人に道を教えた初老の男性。たとえ、襤褸をまとっていようとも、かつての部下の足元に無様に転がされていようとも、彼こそが、誇り高きアーガスの王なのだった。
「弱いのはお前だ、ハイン。力に魅入られ、自分を見失ったお前に、我らが屈することはない」
「強がりめ」
 悔しさのあまり、ハインはむきだしになった歯をぎりっと噛みしめ……、不意に、大声を上げて笑った。
「だが、それももうすぐ終わる。大陸は跡形もなく崩れて沈み、人間は滅びる。すべてを手に入れたあの方が、世界に君臨するのだ!」
 ハインは両手を大きく開いて立ち上がる。ただの空洞でしかないはずの眼窩に、鬼火のような、昏い光が宿る。
「そうとも! 弱く、愚かで、醜い人間など必要ない。強く、美しいものだけが残り、世界は生まれ変わるのだ。見よ、あのお方から与えられた力を!」
 ハインは全身に力を込めて、魔力を解放させる。どん、と凄まじいプレッシャーが周囲を襲い、空気をびりびり震わせる。重力が増し、何かに強く押さえつけられるような強烈な圧力に、城全体が軋んで悲鳴を上げる。
 周囲を圧倒させる強大な力に、ハインは完全に酔っていた。
 けれども……。
「哀れだな」
 王の、ひどく静かな、落ち着いた声。途端に、ハインの陶酔は霧散する。と同時に、周囲を覆っていた圧力も消え去って、アーガス王はすっくと立ち上がる。
「確かに、我々人間は弱い。些細なことで悩み、憎み、蔑み……悲しいほどに愚かだ。だが、私は逃げない。人間であるからこそ、人間の業から目を逸らしはしない。お前は力を手にし、玉座をも手に入れて、得意になっているようだが、そんなものはまやかしだ。ひとであることをやめた時点で、お前は、自分に負けたと宣言してしまったようなものなのだよ」
 かっ、と、骨の顔が怒りに歪む。もし、今のハインに肉体があったなら、額に青筋が浮くのが見えただろう。怒りに我を忘れたハインは力任せに王につかみかかろうとした。
 その刹那。
 ばきばきばきっ!
 ハインの足元から、氷の槍が無数に生える。
「な……っ!」
 足止めを食ったハインと、驚いて数歩下がった王の間に、少年少女、四人の身体が割って入る。
「ぃやっほ~!」
「おまたせ~」
「遅くなったな」
「ひどい怪我! 今、治しますね」
 ユールが王の手を取り回復魔法をかけると、瞬時に怪我が治療されてしまう。あまりの早業に、アーガス王は目を数度瞬いた後、まじまじと四人を見つめた。
「君達は……!」
「ごめんなさい、遅くなっちゃって」
 ラーンがぺこりと頭を下げる。
「けど、もう、大丈夫ですから。あんな奴、ちゃっちゃとやっつけちゃいますから!」
「寝言を!」
 炎で氷を溶かしたハインは、豪奢なマントを翻し、指輪を嵌めた右腕を一振りした。バシッと何かが弾けるような音。ハインは得意げに笑ってみせる。
「貴様らごときに私を倒すことなどできはせぬ!」
「そんなの、やってみなきゃわからないよ!」
 ラーンは虚空に氷の槍を生み出し投げつける。しかし、氷の槍は、ハインに届く直前に、何かにぶつかって砕け散る。
「そっか。今のがバリアチェンジって奴だな」
 気づいたナータは隣の少年の肩をポンと叩く。
「ルーン、出番だぜ。火のクリスタルからもらった力を見せてやれ!」
「言われなくとも、きっちり見破ってやるさ」
 ルーンは鋭い瞳でハインを睨み、一拍の間を置いて、うん、と頷く。
「ラーン、雷だ」
「オッケー! ……せーのっ!」
 ラーンは杖を振りかぶって電撃を放つ。ハインは困惑の表情を浮かべながらも右手を振るう。バシッ。またあの音がして、雷が吹き散らされる。と、間髪入れずにルーンが叫ぶ。「炎だ!」
「ほいきた!」
 ラーンの、場違いとも言える軽快な声とともに、炎が生まれる。火のクリスタルの加護によって威力を増した炎は、まるで意思あるもののように渦を巻き、ハインに襲いかかる!
「あああああっ!」
 人間を捨てた男の絶叫が部屋を満たす。
「そんな……この私が! こんなところで! ……ザンデ様ぁあっ!」
 炎の中で、ハインの身体は無数のヒビ割れを生じさせ……、
 ばさっ。
 砂袋をぶちまけたような音を立て、崩れ落ちた。
 それが、アーガスとトックルを蹂躙し、オーエンの塔を暴走させ、浮遊大陸を危険にさらした男の、あっけない最後だった。
「……ザンデ様?」
 ハインの最期の言葉を反芻するように、ラーンが呟く。
「それって……」
 次の瞬間、ごごごごご、と、大きく城が振動した。
「うわっ!」
「地震?」
「……光の戦士達よ」
 慌てふためく一同を励ますかのように、落ち着いた、暖かい声……火のクリスタルの声が響く。
「お前達のお陰で、私と、長老の木は解放された。これより、あるべき場所へと戻る。お前達や、内部に捕らえられた人々も、本来いるべき場所へ送り届けるとしよう……」
 かっ、と眩しい光があたりを包む。皆、思わず顔を覆って目を瞑り……気がつけば、地面の上に立っていた。
 ちかちかする目をこじあけて振り仰いでみれば、巨大な琥珀色の城が間近にあった。
 アーガス城。
 周囲を見渡すと、大勢の人々が、ぽかんとした顔のまま突っ立っている。どうやら、ハインの城に捕まっていた人々すべてが、ここ、アーガス城の中庭へと転送されたらしい。
 一瞬のうちに起こった出来事に、うまく事態を把握できずにいた人々達も、時間とともに「帰ってきたんだ」ということを理解して、わっ、と歓声を上げた。
 中には「どうせ移動させてくれるんなら、アーガス城じゃなくて、トックルの自宅まで運んでくれりゃよかったのに」などと不満を口にする人々もいたけれども、アーガス王は怒らず騒がず、食料庫を開いて人々に施すよう命じた。

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