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FF3おはなし23

 難破船はひどく壊れていて、浸水もしていたけれども、もしかしたら、誰かいるかもしれない。四人は横付けしたエンタープライズから飛び移り、船室の扉の前に立った。
「こんばんはー」
「どなたかいらっしゃいませんか?」
「もしもーし」
 何度かノックをし、呼びかけてみたけれども、返事はない。
「いないのかなぁ」
「単に、お留守なのかもしれないわよ」
「怪我とか病気とかで、出たくても出て来れないとか」
 四人で円陣を組み、ごにょごにょ話し合っていると、扉がそっと開かれた。わずかな隙間から見えたのは、ひどくやつれた年配の男性。危険な獣でも見るような、警戒した目でこちらをじっと見つめている。
 緊迫した雰囲気を和らげようと、ラーンはぱっと明るい笑顔を浮かべ、元気いっぱい「こんにちは!」と挨拶をした。
「あたしたち、旅人です。陸を探してあちこち巡って、やっとここにたどり着いたんですけど」
「……これは、これは……」
 老人は心底驚いたようだった。目をぱちぱちさせて、順繰りに、四人を検分するように見つめ、ふむ、と頷く。
「まさか、他の人間にお目にかかることがあろうとは……。と、いうことは、ここ以外にも、沈んでいない陸があるのだね? あんたたち、どこから来なすった?」 「浮遊大陸です!」
「浮遊大陸? それはどこだね?」
「……えぇっと」
 ラーンは言いよどんだ。かわってユールが会話に混じる。
「すみません、私達、ここは初めてなんです。故郷から出てきたら、あまりにも海ばかりなので、途方に暮れていたところなんです」
「途方に……。そうじゃろうな」
 老人はうなずく。
「あの大地震で、陸という陸はすべて沈んでしもうたからな」
「え? ……」
 ユールは絶句した。
「世界が? すべて……ですか?」
 おうよ、と、老人は呟く。
「あんたたち、その目で見てきたんじゃろうが。どこまでもどこまでも海しかない世界の姿を」
「……ということは、おじいさんは、ずっとひとりで、ここに?」
「いや。もうひとり、若い娘さんがおるよ。木切れにしがみついて漂流しているのを見つけて、なんとか助けてやったんじゃが、生憎、ここにはロクな薬がなくてな。かわいそうに、衰弱する一方で……っと」
 老人は、いかんいかん、と、自分の額を叩き、扉を開け放った。
「長い話になるじゃろうから、入りなさい」
 入ってすぐの部屋は、古ぼけた操舵室。下の階が船室で、さらに下の階に寝室があるようだ。順繰りに階段を下りながら、老人は語った。
「わしは小さな漁村の生まれでな。……あの日は、妙な風が吹いておった。なんとなく気味が悪いからと、皆が家でおとなしくしていた時に、わしはひとりで漁に出たんじゃ。確かに風は奇妙だったが、潮目は良かったし、嵐が来そうな徴候もなかった。とりたてて気にすることもあるまいと、船を出して……そこで、あの大地震じゃ。恐ろしい地響きとともに故郷の大地が沈んで行く様を、呆然と眺めるしかなかった。その後、魔物に襲われ、嵐に巻き込まれて……気がついたらここに流れ着いておった。下で眠っているあの娘も、同じような苦労をしたはずじゃ。かわいそうにのう」
 是非その子に会わせてください、と、ユールは身を乗り出した。
「私は白魔道師です。彼女を助けてあげられるかもしれないわ」
「なんと!」
 老人は素っ頓狂な声を上げた。
「白魔道師? 癒し手かね! それならば、是非、診てやってくれ」

 寝室の粗末なベッドの上で、娘はこんこんと眠っていた。
 最初に目に入ったのは、はちみつ色の長い髪。もしかしたら、身長と同じくらいの長さがあるんじゃないか? というくらい、見事に長い。黄金の髪に彩られた顔は、精巧に造られた人形のよう。俗世間から離れた場所で、大事に大事に育てられたお嬢さん、といった雰囲気の彼女を一目見て、ナータが「べっぴんさんだな」と呟いた。
 ユールはすぐさま彼女の手を取って、魔法の力を送り込んだ。すると、真っ白だった娘の頬に朱がさして、閉じられたまぶたがおののくように震え……、やがて、ゆっくりと、目を開いた。
 海の青さを持つ瞳が、さまよいながら、四人の顔を順に見る。そして。
「……戦士さま」
 まだ、半分夢を見ているような顔のまま、娘はそっと呟いた。
「予言は本当だったのですね……」
「無理しちゃ駄目。今はしっかり休んで」
 ユールの言葉に、彼女は、ありがとうございます、と呟いて、目を閉じた。

 次の日。
 自力で起き上がれるまでに回復した彼女は、ずっと寝込んでいたとは思えないほど、しっかりした口調で話し出した。
「私は水のクリスタルに従うもの、水の巫女、エリアと申します。危ないところを助けて頂いて、ありがとうございました」
 するとラーンはぱたぱたと首を振った。
「ううん、困った時はお互い様だよっ!」
「そうそう。当然のことをしたまでだから。気にしないで」
 ユールは暖かいスープの入ったカップをエリアに渡す。
「それよりも……、ここで何が起こったのか、教えてくれないかしら」
「はい。……あの大地震は、何者かが大地の力を動かし、すべてのものを地中へ引きずり込もうと企んだ結果です。水のクリスタルですら、恐しい魔の手から逃れることはできませんでした。世界を守るため、すべてを石に変えるだけで精一杯だったのです」
「すべてを石に?」
「はい。陸に生きる者達がそのまま海に沈めば、皆、溺れて死んでしまいますね? けれども、石に封じてしまえば、それは凍結。水のクリスタルの力を解放し、陸を浮上させ、石の封印を解けば、人々は元通りの生活を取り戻すことができます。そのためには、水の神殿の奥、水のクリスタルの元へ行かなくてはなりません。……出会ったばかりなのに、このようなお願いをするのは気が引けるのですけど……お願いです。私を水の神殿へ連れて行ってください」
 懇願するエリアに、ナータは「遠慮なんかしなくていいって」と笑う。
 その隣でラーンが「もっちろん! 言われなくたって行くよ!」と拳を突き上げ、ルーンも「そのために来たんだからな」と呟く。
「ありがとうございます。……でも」
 エリアは表情を曇らせて、視線をカップの中に落とした。
「戦士さまが来てくださったことは、本当に嬉しいし、心強く思います。けれど、私は怖い……。大地を邪悪に動かした者の魔力を、気配を、うっすらではありますが、感じるのです。それは、世界を嘆き、世界を憎み、世界のすべてを滅ぼそうとする意思の塊。とても暗く……とても強く……とても悲しい。いったい、なぜ、こんなことになってしまったんでしょう」
 ……。
 しばらく、誰も、何も、言えなかった。
 浮遊大陸は、地震があったり、ジンに呪いを掛けられたり、オーエンの塔が暴走したり、ハインによって様々な人が苦しめられたり、いろいろなことがあったけれども、「もしかしたら世界が滅ぶかも」などと言われても、いまいちピンとこなかった。
 しかし、ここは違う。
 エンタープライズで探しても探しても探しても、果てしない海しか見えない悪夢。いくら「人々は石になってるけど無事ですよ」と言われても、この状態では……。  はっきりいって、世界は滅ぼされたに等しい。
 四人は、自分たちの世界の危機を、はっきりと、身をもって感じていた。

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