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FF3おはなし25

 白いチョコボは、地震とすべりやすい床をものともせず、猛ダッシュで洞窟から脱出し、一行を見晴らしのいい草原に降ろした途端、忽然と消え失せた。
「……何だったんだ、あのチョコボは」
 ついさっきまでチョコボがいた場所を呆然と眺めていたナータは、ふと、気がついた。
「なぁ、この島って、こんなに広かったっけっか」
 来た時には小さな島にすぎなかったこの場所が、かなり大きな陸になっている。すぐ近くにあったはずの海岸線が、今はもう、はるか遠くにしか見えない。
「……陸が、浮上している」
 ゆっくりと遠ざかってゆく海岸線に、ルーンは目を細める。
「この地震はそのせいか……」
「これで、世界は元通りになるんだね」
 ラーンもまた、陸と海の境界を見つめながら、ぽつりと呟く。
 本来ならば、手放しに喜んでもいいはずの場面。けれども……。
 呆然と地面にへたりこんだままのユール。
 その隣で、静かに横たわっているエリア。
 エリアは、安らかな笑顔を浮かべたまま、まるで眠っているかのよう。近づいて手を伸ばし、肌に触れれば、ほんのりと暖かい。しかし、彼女はすでに、ここではない場所へ行ってしまった。

 ……地震は、ずいぶん長い間、おさまらなかった。

 水の神殿でエリアを弔った後、エンタープライズを探して歩き回っていると、海辺に大きな街を発見した。
 街の名は、水の都アムル。大通りには露店が並び、たくさんの人が往来していて、ざわざわと騒がしい。何人かに声を掛け、話を聞いてみると、皆、大地震が起こったことは記憶にあるけれども、その後のこと……今日までのことは、きれいさっぱり覚えていないようだった。
 自分たちが石になり、海の底に沈んでいた、ということを、誰も知らない。そして、エリアのことを知る者も、誰ひとり、いなかった。
 四人は、鉛を飲み込んだように重い心と身体を抱えたまま、アムルの街に宿を取った。

 夕刻になると、空も、海も、街も、夕日の茜色に染まる。その様子を、宿屋の窓からぼんやり眺めていたルーンは、風呂上がりのラーンに「おーい」と声を掛けられて、びくりと我に返った。
「ルーンがボーッとしてるなんて、珍しいね」
「……」
 何かを言い返そうという気力も起こらない。ルーンは沈黙したまま、視線を夕日に戻す。 ラーンもまた、多くを話そうという気分にはなれないらしく、黙ってルーンの隣に並んだ。
 夕日は、ゆっくりと、けれども確実に、高度を下げていく。水平線に接してじりじり沈み、やがて地の下へ没してしまうと、周囲は急激に暗くなる。
 数個の星がきらめき出した頃、ようやくラーンは口を開いた。
「ユールとナータは?」
「海」
 ルーンの返事は素っ気ない。それはいつものことだけれども、声に、普段のような刺がない。
「元気ないね」
「お前もな」
「うん……」
 ぽつりと呟いて、ラーンは窓枠に手を掛ける。
「早く元気にならなきゃ、うじうじしてたって何も始まらないんだぞって、頭ではわかってるのに、気持ちはどんどん重たくなってくの。こういう重たい気分って、どうやったら軽くなるのかな?」
「……心に、深く考える隙を与えないことだな」
「?」
「つまりは気分転換だ」
 言ってルーンは、いつの間に用意したのやら、ラーンの鞄を突きつけた。
「ユールとナータを探しにいくぞ」

 その頃、ユールとナータは、すっかり暗くなった砂浜の隅に並んで座って、ぶつぶつと話し込んでいた。
「……つまりは私が悪かったのよ」
 ユールは昏い目をして呟いた。
「私がちゃんと確認しないで突っ走ったりしたから、エリアは犠牲になったんだわ。私、光の戦士失格ね。……そもそも、私みたいな馬鹿な人間が、光の戦士だなんて大層な仕事を引き受けたのが間違いだったのよ」
「それは違うだろ。自分から立候補して引き受けた訳じゃねーんだから。文句があるならお前じゃなくてクリスタルに言え、だろ」
 フォローするナータの言葉を、ユールは「いいえ」と否定する。
「クリスタルがどうこうって問題じゃないわ。あの時、私が一番エリアの近くにいたのに、何もできなかった。逆に、彼女を危険にさらしてしまったのよ。偉そうに『皆で一緒に無事に帰るんだから』とかなんとか言っておきながら、私が彼女を殺したのよ! ひとひとり救えないで、何が光の戦士よ、何が癒し手よ、何が白魔道師よ! ……私、もう、人間失格ね」
 いやいやをするように首を振り、両手で顔を覆うユール。ナータは「そんなことねぇって」と、ユールの肩をポンポンと叩く。
「それを言ったら俺たち全員人間失格だって。エリアを助けられなかったって意味じゃ、皆、一緒だ」
「でも……」
 ユールは自分の膝を抱えて俯く。
「私……ウルに帰りたい」
 彼女の告白に、ナータは思わず目を見開く。
「……おい?」
「こんなに辛い思いは、もうたくさん……。帰りたい。今すぐ、ウルに帰りたい……」
 やがて、言葉はすすり泣きに変わった。ナータはポリポリと頬を掻く。どうすっかな、と思案しながら視線をさまよわせ、やがて、意を決したように、コホン、と咳払いをした。
「……あ~。確かにさ、俺達は、いろんなことを甘く見てたよ。サラ姫のおかげでジンはあっさり倒せたし。デッシュはあんなことになったけど、本人が絶対死なねーって言ってたし。ハインも強敵だったけど、それほど大した被害も出さずに勝てたし。そんな調子で、これからもずっと、やっていけるもんだと思ってた。けど、実際は、そうじゃなかった。その甘さがエリアを殺したんだ。……エリアは、死ぬ寸前まで、世界のことを考えてた。命を懸けて水のクリスタルを、大陸を戻した。今までの俺たちの、半分遊びみてーな姿勢じゃ駄目だ、そんなんじゃ世界なんか救えねーぞって、教えてくれたんだ。だから、たとえ、世界中の誰からも『お前は光の戦士失格だ』って言われても、俺は、絶対に退かねーぞ」
 ユールは顔を上げた。とんでもないものを見てしまった、と言わんばかりに口をぽかんと開けたまま硬直し、次いで、盛んに瞬きをした。まるで祈りを捧げる時のように胸の前で両手を合わせ、小さな声で、おずおずと訊ねる。
「……本当に……?」
「本当に」
 ナータは自分に言い聞かせるかのように頷いた。
「俺は馬鹿だし、根性ないし、何かと駄目な奴だけど、それがどうした。馬鹿は馬鹿なりの方法で世界を救ってやるさ。だからさ……もうちょっと、一緒に、頑張ってみよーぜ」
「……まさか、あんたにそんなことを言われる日が来るなんて、思ってもみなかったわ」
「俺も思わなかった」
「馬鹿ねぇ」
「だから、 馬鹿でいいんだって」
 それっきり、二人は口を開かなかった。しばし、波の音に耳を傾けて……、やがて、ユールは、こてん、とナータに寄りかかった。
「……今日だけは、あんたに頼るわ」
「今日だけと言わず、いつでも、いくらでも頼っていいぜ」
「今日だけって言ったでしょ。メソメソ、ウジウジするのは今日でおしまい。今のうちに、うんと落ち込んでおいて、明日になったら、また、もう一度、頑張るわ」
「あっそう」
「……」

 そんな二人のやりとりを、大きな岩に隠れて聞いていたルーンとラーンは、む~、と、顔を見合わせた。
「ねぇ、ルーン、どうしよう?」
「宿に帰るか……」
「そだね……」
 お邪魔しました、と言わんばかりに退散する二人と、寄り添って海を眺めている二人を、月は黙って見下ろしている。

 あれから四人は、三日、アムルに滞在した。人々の話を聞き、情報を集め、話し合った結果、次の目的地をサロニアに決めた。
 サロニアは、アムルとは別の大陸にある、世界で最も大きな都市。広い国土に多くの人が集まって、それはそれは賑やかな場所らしい。しかも、各地の遺跡を熱心に発掘・研究しているため歴史に詳しく、膨大な資料を集めた図書館は、それだけでひとつの街ほどの規模があるのだという。 四人はアムル周辺を歩き回ってエンタープライズを発見し、傷んでいる場所を修理して、再び大空へ飛び出した。

 ……それなのに。
 なぜかサロニアは、国を割っての戦争の真っ最中。そうとは知らずに近づいて、砲弾を打ち込まれたエンタープライズは空中分解。乗っていた四人は、それこそ伝説の勇者クラスの悪運を発揮して、大きな怪我をすることもなく助かったけれど、着地した場所は見事にばらばら。世界最大の巨大都市で、見事なまでに完璧に、はぐれてしまったのだった。

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