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FF3おはなし27

 ルーンが迷い込んだのは、南東の街。ここは、サロニアの中でも観光名所であるらしく、街のいたるところに案内看板が設置されている。
 今自分がどこにいるのか、この街の見所はどこか、そもそもこの街はいつ誰が拓いたのか、といった情報が、こと細かに記されているので、自分がどこにいるのかを見失わないですむ。
 普段なら、この看板を頼りに観光客がゾロゾロ歩いているのかもしれないが、戦争中のサロニアにそのような者がいるはずもなく、街は閑散として物寂しい。街の中央にそびえ建つ白亜の塔も、まるでおいてけぼりをくらった子供のように、所在なげに見えてしまう。
「それにしても、大きな塔だな……」
 思わず呟いて、塔に近づく。首を真上に向けなければ、てっぺんが見えないくらいに高い塔。その入口の前に、例によって、親切な看板が立っている。
『ドラゴンの塔。竜騎士一族が建てた、この街のシンボル。竜騎士とは、飛竜を無二の相棒とし、空を舞台に戦う騎士です。かつて、この国を襲った怪鳥ガルーダを倒すことができたのは彼らだけ、という伝説があります』
 武術に興味のあるルーンは、竜騎士についてもっと詳しく知りたいと思ったけれども、看板にそれ以上の情報はない。それなら塔に登ってみようと、扉にむかって歩いていくと。
「あ~、ドラゴンの塔に登るんですか~」
「やめといた方がいいですよ~。今は魔物がうじゃうじゃいますから~」
 なんとも間延びした声が制止する。声から察するに、子供のようだ。現地の子供ならば竜騎士の話も聞けるかと、ルーンは振り向く。
 子供は、二人いた。
 肩の高さでざっくりと切り揃えた桃色の髪、ゆったりと長い黄色の服、いたずらっ子のようにくるくるとよく動く大きな目、それが、まるで模写でもしたかのように、二人、にこにこ笑顔で並んでいる。
 その見覚えのある姿に、思わずルーンは後ずさった。
「お前達……!」
「どうも」
「こんにちは」
 礼儀正しく、ふたりはぺこりと頭を下げる。その深さもタイミングも、寸分違わずまったく同じ。ルーンは背筋に寒いものを覚えた。
 そう。彼らはオーエンの塔で出会った双子。
 背はルーンより小さい上に細身だし、のほほんとした気配を漂わせてはいるけれども、ルーンの鋭敏な感覚は、彼らが見た目通りの者ではないことを嗅ぎ取っている。無意識のうちに腰のナイフに手を伸ばし、臨戦態勢に入っているのだが、それを知ってか知らずか、双子は「まぁまぁ」と気楽に声を掛けてくる。
「そんな警戒しないでくださいよ~」
「そうそう。今日は、僕達、観光に来たんですから」
「ね~」
 双子は首を傾げ、互いの顔を覗き込み、うふふと笑う。首の角度、覗き込むタイミング、笑い声、そのすべてが、シンクロでもしているかのようにまったく同じ。いったい、こいつらはどうなっているんだと、ルーンは顔をしかめる。
「相変わらず気味が悪いな。……で、ドンパチやってる国へ、観光か。まさか、この戦争も、お前達が引き起こしたんじゃないだろうな」
「えぇ~?」
「僕らは何もやってませんよ~」
「ま、百歩譲って、僕達が王様を操るか何かして、戦争を起こしたのだとしましょ~」
 双子の片割れが、ぱたぱたと袖を振ると、もう片方は「ちょっとちょっと、そんなこと言っちゃってもいいの」といわんばかりに眉をひそめる。二人が別々の行動をとるのは、これが初めてではないか? とルーンは思ったが、あえて顔には出さず、「で?」と先を促す。
「でも、いくら王様に命令されたからって、皆、素直におとなしく戦争なんかやります?」
「そんな馬鹿げたこと、普通はやりませんよね?」
「だからね、僕達も、ガッカリしてるんですよ」
「命令された通りに戦争やってるサロニアの人達に」
「失望しちゃいましたよね」
「ある意味、やっぱりね、って感じもしますけど」
「そんなだから、『所詮人間』って言われちゃうんですよ」
「人間の命なんかもらったって、嬉しくないって言われちゃうんですよ」
「ね~」
「……?」
 途中から話がわからなくなって、思わずルーンは口を挟む。
「待て。何の話だ? 人間の命が何だって?」
 すると双子は自分の口を塞いだ。
「おっとっと~」
「ちょ~っとしゃべりすぎちゃったかな~」
「ここはひとつ、とんずらしましょうか」
「そうですね~」
 だぶだぶの袖に包まれた両手で自分の口を押さえたまま、くるりと踵を返す二人に、ルーンはナイフを抜き放つ。
「待て! 話はまだ終わってないぞ!」
 裂帛の気合を込めて飛びかかると、双子の片割れが、動いた。
 ルーンの攻撃をしなやかな動きで回避し背後に回る。ナイフを持つ腕を、ひょい、と逆手にひねり上げ、ルーンの身体の上に腰を掛けて、どすん、と体重を乗せてしまう。思わずルーンは呻きの声を上げた。この双子、見た目以上に重い。そして、腕力が強い。
 あんなに細っこい身体をしているくせに、なんて奴だ、と、脂汗を流すルーンに、双子は冷ややかな声を掛ける。
「この前に比べれば、強くなったみたいですが、まだまだですねぇ」
「修行が足りませんんねぇ」
「悔しいと思うなら、もっともっと、強くなることです」
「サロニアの人々のように、命令されたからやるのではなく」
「自分が大切だと思うもののために、周囲に惑わされず、流されず」
「そうすればね、いつか、きっと、わかりますよ。さっきの話の意味。人間の命の価値のこと」
「ねぇ? ちょっと、ちょっと? やっぱり、喋りすぎたんじゃないんですか?」
「かもしれませんね~。……待ち合わせ場所は、城門前でしたっけ?」
「そうですよ。急がないと、まぁた怒られちゃいますよ。なにしろ、あのお方は、気が短いから」
 ……しゅっ。
 好き放題に喋るだけ喋ると、唐突に、二人は消えた。
 ルーンは「畜生!」と毒づくと、ぎしぎし痛む身体に鞭打って、城門があるであろう方角に向かって、全速力で駆け出した。

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