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FF3おはなし28

 ラーンが図書館で学者の話を聞き、ルーンが双子と出会った頃、北東の街、商店や住宅が密集する地域に落下したユールはどうしていたかというと……。
 場所は、いかにも大衆的な雰囲気の漂う食堂。四人座ることのできるテーブルに、ついさっき初めて顔をあわせた男と向かい合わせに座り、料理が運ばれてくるのを待っていた。
 ……なぜそんなことになったのかといえば、理由は簡単。エンタープライズから放り出されたユールが、たまたま、そこらへんを歩いていた男の上に落下したから、である。
 空から降ってきたユールを見事にナイスキャッチした男は、ごめんなさいとありがとうを連呼するユールに「それなら、昼飯でもおごってもらおうか」と、この食堂へ入ったのだった。

「まったく、面白いことをやってくれる」
 片方の手で頬杖をつき、もう片方の手でメニューを扇子がわりに扇ぎながら、男はからかうような声で言う。
「たまたま私だったから良いようなものの。普通の町人にぶつかるか、そのまま床に落下していたなら、今頃、とんでもないことになっていたぞ」
 確かにそうだろうとユールは思う。落下したのが、まるで巌のような体格をしたこの男……おそらく旅の戦士か何かだろう……の上だったことが幸いし、誰も怪我をせずにすんだのだ。
 普通の町の人の上に落ちていたら、その人を巻き添えにしていただろうし、屋根の上や、そこらへんの床に激突していたら、ユール自身が死んでいた可能性も十分にある。
 自分の悪運の強さに感謝しなきゃね、と、ユールは男に目を向ける。
 年齢は、三十を少し越えたくらいだろうか。褐色の肌をした、見るからに屈強そうな男だ。肌の色とは対照的に、雪のように真っ白な髪のほとんどは短く刈っているが、後ろの部分だけを、うんと長く伸ばして束ねている。服は橙色の長い布を巻きつけたようなもので、あちこち旅してきたユールにも馴染みがない。
 風変わりな出で立ちに加え、口数も多くはなく、しかも口調はつっけんどん。とっつきにくい感じはするけれども、悪い人、という印象は受けない。全体の雰囲気が、もう少し柔らかければ……あるいは、その眼が、血そのもののような赤をしていなければ……もっと気楽に喋ることができるのに。
 とはいえ、このままだんまりを続けていても仕方がない。ユールは、サロニアのことを何も知らない。少しでも情報が欲しい。だから。
「本当に、迷惑をかけてしまって、ごめんなさい」
 彼女は素直に謝った。
「迷惑ついでに、サロニアのこと、いろいろ訊いても構わないかしら」
 男は扇いでいた手を止め、メニューを脇に置くと「私に答えられることであればな」と言った。
「じゃあ……、どうしてこの国は戦争なんかしているの? ただでさえ、魔物が出て大変だっていうのに」
 すると男は、さぁな、と息を吐いた。
「よくはわからんが、王が乱心したらしい。そういう噂だ。突然訳のわからない命令を出すようになり、ついには軍隊を二つに分けて戦わせて、負けた方は全員処刑すると宣言したそうだ」
「……なによ、それ」
 ユールは眉をひそめた。
「王様が命令したからって、本当に、本気で殺し合いをしているの?」
「本当も何も。現実に、お前は警告も何もなしに撃たれたんだろうが」
「そうだけど。それって変じゃない? いくら王様の命令だからって、素直に言いなりになってるなんて」
「この状況を打開しようという動きもあるようだが、王の命令は絶対だという連中の方が優勢なようだな」
「なんてこと……」
 思わずユールは額を押さえた。エンタープライズを失い、仲間まで見失った上に、国はおかしな戦争の真っ最中。エリアを犠牲にしてやっと復活させた世界なのに、この様はなんだと、悪態のひとつもつきたくなる。
 しかも。
 剣呑な気配を感じて、男の斜め後ろへ視線を向けると、テーブルに空の酒瓶をずらりと並べ、今なお盛んに酒をあおっている兵士風の男達が、ギラつく目でこちらを睨んでいるのが見える。
 ユールは胸が重くなるのを感じた。
 この国は病んでいる。魔物に対する不安と、王の理不尽な命令に対する不満が渦巻いている。それらのエネルギーが、健康的な方へ向かえばいいのだが、この食堂の雰囲気から察するに、そういうことは期待できそうにない。
「やってらんないわ……」
「そう思うなら、早く、この国を離れた方がいい」
 白髪の男に静かに言われて、しかしユールは首を振った。
「この町のどこかに、仲間がいるの。この国を出るにしたって、全員見つけてからじゃなきゃ」
「ならば、多少の危険は覚悟することだな。これから、この国は、どう転がり落ちるやらわからない」
 男は、組んだ指の上に顎を乗せると、憂鬱そうに溜息をついた。それっきり口を閉ざしてしまい、テーブルには気まずい空気が流れる。
 料理が運ばれてきても、手をつける気にはならなかったが……。
 やがてユールは意を決して言った。
「このままじゃ、良くないわ」
「……?」
 男の怪訝そうな視線を受けて、ユールは頷いた。
「こんな状態が続いても、いいことなんかひとつもないわ。無事に仲間を集めることができたら、私、お城へ行ってみる」
「城は封鎖されている。王子ですら城を追放され、二度と戻ってくるなと言われたそうだ」
「王子様が? それならかえって好都合だわ。仲間探しのついでに王子様も探してお城へ乗り込んで、王様に直談判よ。王様がどうかしてしまったのなら、政治どころじゃないもの、誰かに替わってもらわなきゃならないし、魔物か何かに操られているのなら、魔物を倒して、元の王様に戻ってもらわなきゃ。そうよ、ぜったいにそう。そうと決まれば、腹が減っては戦はできぬ、よ」
 言ってユールはフォークを握り、猛然と食事を開始した。その様子を無言で見つめていた男は、やがて、ふ、と微笑した。
「面白いな。もともとこの国に住んでいる連中よりも、お前のような、余所者の方が必死になっているとは。……面白いが、情けない話だな」
 ぱん!
 突如飛んできた酒瓶が、白髪頭に命中し、砕け散る。
 ユールは食事の手を止め「大丈夫?」と腰を浮かせる。しかし男は「問題ない」とユールを制した。
 そこへ、退廃的な雰囲気を漂わせた兵士達……先程から、こちらを睨んでいた連中だ……が、もったいぶった足取りでやってきて、二人のテーブルを取り囲んだ。
 危険な空気を察知した客が一目散に逃げてゆくのを横目で見、ユールも一緒に逃げたい衝動に駆られたが、周囲をぐるりと取り囲まれていては、そうそう逃げられるものではない。風の攻撃魔法・エアロで彼らをぶっ飛ばすというテもあるにはあるが、さすがに、普通の人間に魔法をブチかますのは、抵抗がある。
 ……などと考えている間に、兵士の一人が、男の肩に手を乗せた。
「先程から、随分と、我が国サロニアを侮辱しているようだが」
「……」
 男は、白髪頭についたガラスの破片を指で無造作に払いのけながら、兵士の言葉を鼻で笑う。
「王の気が少しばかりおかしくなっただけで、ここまで治安が悪くなる。しかも自浄作用も期待できない。これでは侮辱されても仕方あるまいよ」
「国と王を侮辱すれば死罪だぞ。そして我らサロニア上級兵には、罪人に罰を与える義務と権限がある」
「ほぅ……」
 男の紅い眼が、危険な気配を孕んできらめく。
「酔っ払いに上級兵の位を与えるとは、王が乱心したという噂もあながち嘘ではないらしい。そう遠くない未来、サロニアは、自ら滅びるだろうな」
 兵士達の顔が、みるみるうちに紅潮する。そのうちの一人が、怒りのあまりに震える手で、腰の剣をずらりと抜いた。周囲から、悲鳴と怒号がわき起こる。
「貴様ぁああッ! もう許さん!」
 兵士が剣を振り上げる。対する男は丸腰だ。ユールは彼を助けようと魔法を唱えかけ……、口を噤んだ。
 男もまた、魔法を唱えていることに気づいたからだった。
 しかも、この魔法は。
 ユールの心臓が跳ね上がる。
 魔法の詠唱を終えた男は、兵士に向かって無造作に片手を伸ばす。
 次の瞬間、爆発的な魔力が解放されて、兵士の身体は四散した。
「……!」
 思わずユールは顔を覆った。
 男が唱えた魔法は、土属性の攻撃魔法。本来ならばそれは、大地に働きかけて、小規模な地震を起こすもの。その力を衝撃波として叩きつけ、兵士の身体と、身につけていた鉄鎧をも、一瞬で粉々に破壊したのだ。
 高位の魔法を、自己流にアレンジして放つ。
 はっきり言って、人間技ではない。
 ユールは、自分の身体ががくがく震えるのを、止めることができなかった。
 しん、と静まり返った店内で、誰かが「……化け物め!」と呻くのが聞こえた。男はくっくっと肩を揺らして笑い、ゆっくりと立ち上がった。
「化け物か。この私が化け物に見えるか。だが、こう見えても、私は人間なんだ。……どうしようもなく、な!」
 思わずびくりと震えるユールに、男は、やれやれといわんばかりに首を振る。
「悪かったな」
 低い声で呟いていくらかの金を卓に置き、店を出た男の背を、ユールは呆然と見つめる他なかった。

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