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FF3おはなし29

 謎の男と別れたユールがお城へ向かって歩き出した頃、ナータはどうしていたのかというと、酒場にたむろっていたゴロツキ数人にからまれて、冷や汗をかいていた。
 壁際に追いつめられ、ひきつった笑いを浮かべるナータの隣には、身なりの良い、いかにも上品そうな少年が、困った顔をして立っている。
 実をいうと、この少年こそが、ゴロツキにからまれていた張本人だったのだ。
 たまたまその場に居合わせたナータが「ちょいとお兄様がた。そんなちっこい子供をよってたかっていじめるのって、どうよ?」と声を掛け、逆にゴロツキにすごまれてしまい、大ピンチ。
「あはは、参ったなぁ、こりゃ……」
「参ったなぁ、じゃねぇよ」
 ゴロツキ達は、ナイフをひらひらさせながら、酔っぱらい特有の濁った目でナータを睨む。
「そもそも、こーんなちっこい奴が、酒場にいるのがおかしいんだよ!」
「おまけに、なぁ? そいつの服装を見ろよ。明らかに、いいとこの、金持ちの子供だぜ」
「とっつかまえて、ちょいと脅せば、身代金を要求できるかもしれねぇ」
「身代金? そいつぁ物騒だなぁ」
 ナータは大袈裟に驚いてみせる。
「なー、勘弁してやりなよ。別に、あんたらに迷惑かけた訳でもないんだろ?」
「うるせぇ!」
「なんだぁ、お前? やんのか?」
「やんないやんない」
 じりじり寄ってくるゴロツキに、ナータは眉をハの字にした。
「どうしてそうなるかなぁ?」
「ゴタゴタ抜かすな! やっちまえ!」
「仕方ねーな! ……来い! チョコボっ!」
 ナータが叫ぶと、ゴロツキ達の頭上に、黒いチョコボが現れた!
「な、なんだぁっ!?」
「チョコボ!? いきなり出てきたぞ!」
「お、落ちるっ!」
 空中に出現した黒チョコボは、重力に従い落下して、ゴロツキのひとりを、ぷちっ、と踏みつぶした。
「ぎゃああああっ!」
「おかしいな。水の神殿で出てきたチョコボとは違う奴みたいだ」
 ナータは頬をポリポリ掻きながら、ま、いっか、と少年の手を引いた。
「さ、あのチョコボに乗って、さっさと逃げようぜ」
「え、えっと……」
 しかし少年は困り果てた表情で、黒チョコボを指し示す。
「そのチョコボが……ぶたれてますよ」
「へ?」
 彼の言う通り、黒いチョコボは、ゴロツキによってたかって殴られて、「クエェエ」と哀愁漂う鳴き声を上げている。
「……」
「……」
「チョコボの尊い犠牲に感謝して、逃げよう!」
「ええっ! やっぱり逃げるんですか」
「大丈夫、アイツ、しばらく経ったら消えるから。……たぶん。」
「たぶんって」
「いいから!」
 ナータは少年の手を引いて、全速力で、酒場の外へ飛び出した。
 逃げて、逃げて、逃げて、町はずれまでやってきたところで、ようやく足を止めた。
「ここまで来れば大丈夫だろ。……ところで、お前さん、どこの誰で、どうしてあんな酒場にいたんだ?」
 言ってナータは、改めて少年を見た。
 年齢は十歳くらいだろうか。内気そうな顔を彩る髪はつややかな栗色で、いかにもきちんと手入れをしている様子があった。身につけた服も高価そうなシロモノで、特に、一番上に羽織っているマントは、鮮やかな赤であるにもかかわらず上品で気品があり、この少年によく似合っていた。
 そういえば、マントの留め具にあしらわれた紋章を、どこかで見たような気が……。
 もしや、あの立派なお城のてっぺんではためく旗に描かれた紋章と、そっくりそのまま、同じなんじゃないか?
 そこまで考えたナータは、軽く目眩を覚えた。
「あいつらは、金持ちの子供だって言ってたけど……もしかして……王子様か何か?」
「そうです」
 少年は素直に頷いた。
「私は、サロニアの王ゴーンの子、アルスです。助けて頂いて、ありがとうございました」
「うわー。こいつぁビックリだわ」
 ナータは頭を掻いた。
「俺たち、この国に近づいた途端に砲撃されて、エラい目に遭ったんだけどさ。もしかして、この国って、戦争してんのか? なんで?」
「それは……私も知りたいのです」
 アルス王子は憂鬱そうに溜息をついた。
「ある日突然、父上が、味方同士で戦争を始めさせたのです。私は止めましたが、聞いてはくれませんでした。そればかりか、私を城の外に追放し、二度と戻ってくるな、と……。私は、どうすればいいのかわからず、ウロウロしているうちに……」
「あの酒場に迷い込んだってか。なるほどなぁ」
「そうなんです」
 アルス王子は、しばし目線を足下に向けていたけれども、意を決したように顔を上げ、ナータに向き直った。その瞳は不安でいっぱいではあったけれども、意志の強さ、決意の深さも感じさせた。
「……あなたを心ある方と見込んでお願いします。私の力になってください。城に帰り、父に会って、訳を聞きたいのです」
「うん。いいぜ」
「……」
 ナータが普通に快諾したので、王子は目を丸くした。
「あの……本当に? いいんですか?」
「だって、城に行きたいんだろ?」
 ナータはひょいっと肩をすくめる。
「俺としては、はぐれた仲間を捜したいところなんだけど、どこを探せばいいのか、全然見当もつかねーし。だから、うん、城でもどこでも、全然構わねえよ」
「……そうでしたか」
 アルス王子は、心底ほっとした様子で、自分の胸を押さえた。
「安心しました。城を追放されてから、ずっと、不安だったんです」
「だろうなー。俺だって、こうして知らない場所にひとりで放り出されて、いい気分はしねーもん」
 ナータは真面目な顔をして頷く。
「それじゃ、とっととお城へ行って、王様に会ってみようぜ!」
「はい!」

 運命か、それとも偶然か。バラバラになっていた光の戦士達は、ほぼ同時にサロニア城門前へ集合した。
「あっ! みんなここに来たんだ! 大変なんだよ、あのデッシュさんが、実は」
「それよりも! オーエンの塔で出会ったあの双子を見なかったか?」
「それを言うなら、私だって大変だったんだから!」
 再会を喜ぶよりも先に言いたい事を叫ぶ三人に、アルス王子は思いっきりたじろいでいる。……というより、引いている。その様子を察したナータは、コホン、とわざとらしい咳払いをひとつ。
「あ~。もしもし? なんか、各自、大変な目に遭ったみてーだけど、ちょっと話を整理しようぜ」

 それぞれが、それぞれの身に起こった事を説明し終わる頃には、日が西に傾いていた。
「……大昔に、光の氾濫っていう大事件があって、デッシュはそれに関わりがあったと。そして、それと似たようなことが、今、この時代にも起こっているのね? で、そのせいかどうかはわからないけど、サロニアは意味不明の戦争の真っ最中で、その戦争には双子が絡んでいるかもしれなくて、でもハッキリしたことは一切わからないから、さっさと城へ乗り込んで、王様に直接会って話をした方が早い、と。……そういうことね?」
 ユールのまとめに、全員が頷く。
 ラーンは拳を振り上げて、「それじゃ、行こう!」と、気勢を上げた。
「早いトコ、王様に会って、サクッと解決しちゃおうよ! もし門番に入っちゃダメとか言われたら、城門ごとブッ飛ばしちゃっても大丈夫だよね?」
「あんまり大丈夫じゃないけど、他に手がなかったら、そうするしかないわね」
「……あのぅ、破壊活動は、できるだけ最小限に留めて頂けるとありがたいのですが……」
 アルスの呟きに、それはもちろん、と応じたのはルーン。
「すべては兵隊や王の対応次第だ」
「……」
 アルス王子は、ルーンを睨むようなまなざしのまま、じっと黙っていたけれども……。
「わかりました。なるべく乱暴をしなくても済むように、頑張って交渉してみます。それは、私の仕事ですから」
 頷いたアルス王子の瞳に、強い意志の光が灯る。
 
 けれども、蓋を開けてみると、事態はいとも簡単にサクサク進んだ。城門を守る兵士には「お待ちしておりました。どうぞお通りください」と素通りさせてもらえた上に、「今夜はこちらの部屋でお休みください。明朝、王様がお会いになるそうです」と、広い部屋に案内された。
 その部屋は、来客をもてなすための場所……ではなく、城で働く者達の、仮眠室のようなものであるらしい。ひとつの部屋に、二段ベッドが八台ほど並んでいるだけの、殺風景な部屋だ。しかし、それでも、すんなり城へ入れてもらえたことには違いない。
「簡単すぎる」
 下段のベッドに座ったルーンが、難しい顔をして唸る。
「俺たちのような、得体のしれない連中とつるんで帰ってきた王子を、こうもあっさり、武装解除もせずに城に入れるとは。何か罠があると考えた方がいいな」
「だとしたら……」
 ルーンの向かいのベッドに腰掛けた王子は、見ているこちらが気の毒になる程にうなだれた。
「父上は、私を憎んでいるのでしょうか? 城から追い出し、騙して、罠にかけようとするくらい。……それほどまでに、私のことを、疎んじているのでしょうか」
「それはない」
 きっぱりと、ルーンは断言した。
「この事件には、裏で糸を引いている誰かがいる。おそらく、王は、操られているか、別人に取って代わられているか……。どちらにしろ、本当の王は、お前を憎んではいない」
「そうでしょうか……」
「そうだって」
 アルス王子の真上のベッドから、ナータが身を乗り出して声を掛ける。
「王様の態度が変わったのも、きっと、何か原因があるって」
「そうだよ! 大丈夫、心配しなくったって、王様は、王子様のこと、大好きだよ」
 ラーンが、見る者を心底ホッとさせ、和ませるような笑顔を浮かべる。それを見て、王子は、「……そうですね。そうだといいなと、思います」と、自分に言い聞かせるように言った。
「ところで、俺が城下町で出会った双子は言っていた。王に命令された通りに戦争しているサロニアの連中に失望した、と。あいつら、城門前で誰かと待ち合わせをしていたようだから、今日か明日、何かを仕掛けてくると思うんだが」
「待ち合わせ?」
 よいしょ、と枕を抱えたラーンが首を傾げる。
「誰と待ち合わせてたんだろう?」
「さぁな。あの方、と言っていたから、連中の上司か何かか」
「あの双子の上司、ねぇ?」
 ラーンは腕を組んでうーんと唸る。
「そいつが、事件の黒幕なのかな?」
「おそらく」
 低い声で、ルーンは頷く。
「地震を起こし、魔物を呼び出し、大陸を沈めて、サロニアの戦争を引き起こした張本人……そいつと、ここで、ぶつかる可能性があるということだ」
 ひぇえ、と、ナータは自分で自分を抱きしめた。
「それって、とんでもなくヤバいんじゃないか? そんな奴と戦って、勝てる気がしねえんだけど!」
「そうだな」
「……ねえねえ、とりあえず、休まない?」
 ユールがあくびをしながら提案した。
「今日はいろいろなことがありすぎて、疲れちゃった。全員いっぺんに寝ちゃうのは危険だから、交替で休みましょうよ」
「あー」
「そうだね」
「じゃあ、おやすみー」
「……」
 交替で、って言ったのに。
 皆、よっぽど疲れていたのだろう。全員がすっかり寝ついてしまうまで、さほど時間はかからなかった。
 そして……。

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