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FF3おはなし30

 真夜中をとっぷり過ぎた寝室に、誰かが忍んで歩く気配。今宵は満月だが、窓には厚いカーテンが掛けてあり、部屋は真っ暗。それでも、足音を殺して歩く誰かに、迷いはない。
 やがて、侵入者は、ひとつのベッドの前で足を止めた。そこでは、栗色の髪を持つ少年が、すやすやと寝息を立てている。枕元には几帳面に畳まれた赤いマント、その上に小さな王冠が載せられている。侵入者は、懐から取り出したナイフを両手で握り、布団の膨らみにむかって振り下ろした。
 ぎぃん!
 予想に反して、手応えは冷たく堅い金属質。侵入者は、目を剥いた。
 いつの間にか、ひょろりと細長い少年が割って入り、手にした盾で、ナイフをがっちり受け止めていたのだった。
 驚いた侵入者は、反射的に一歩下がり……次の瞬間、背後から、小柄な誰かにのしかかられ、腕をひねり上げられて、悲鳴を上げた。
「やはり、罠だったな。見え見えなんだよ」
「それにしても、お前のカンの良さは超人的だよなー。熟睡してたのに、侵入者の気配に気づくなんてさ」
「お前が鈍すぎるんだ」
 盾を構えた少年と、関節技を決めた少年……ナータとルーンだ……が、気楽な調子で話すのを聞いた侵入者は、唖然とする。
「貴様ら……何者……」
「説明は、あとでね」
 そこへラーンの陽気な声が、上段のベッドから降ってきた。
「まずは、明かりを確保、っと!」
 魔力で生み出された明かりが、真昼のように部屋を照らす。
「それにしてもさぁ、まさか、こんな風に、こっそり襲いに来るとは思わなかったよねぇ。もっと派手に来ると思ってたのに。やることがみみっちいよー」
「まぁ、派手に、お城ごと吹っ飛ばされたりしても困るけどね」
 言って、別のベッドから這い出てきたユールが、上目遣いに刺客の顔を覗き込む。
「で? 一体全体、誰なのかしら? 真夜中に、王子様を暗殺しようと忍び込んできたお馬鹿さんは?」
 侵入者は、壮年の男性だった。目鼻のはっきりした顔、豊かな髪、きちんと揃えられた髭、身に纏った高価な衣装、一目で高貴な人物とわかる。人を襲ったことに対する緊張感のせいか、それとも、腕をひねり上げられている痛みのせいか、顔は苦痛に歪んでいる。その様子を、ナータの背中越しに見ていたアルス王子は、呆然と、刺客の名を呼んだ。
「父上!」
 ……沈黙。
「父上?」
「この人が、アルス王子のお父さんなの?」
「え? じゃあ、王様ってことじゃない!」
「魔物が王様そっくりに化けてるとか、そういうことはないのか?」
 ナータの問いに、アルスは激しく首を横に振る。
「いいえ。私にはわかります。この人は、父その人です。他人ではありません」
 王子は一歩踏み出し、強い瞳で王を見つめた。
「父上。訳を聞かせてください。なぜ、無意味な戦争を始めたのか。なぜ私を追放し、殺そうとしたのか」
 しかし、王は、ぎり、と奥歯を噛みしめたまま、答えない。王子がさらに一歩進んだ、その時。
「何をしている! なぜ、さっさと王子を殺さない!」
 突如響いた、男性の高い声。
 部屋の入口に、声の主が立っていた。それは、身体中を宝飾品で覆った誰かだ。骨が浮いて見えるほどに痩せこけた、見るからに貧相な男。指という指に指輪をはめ、両の腕にはじゃらじゃらと腕輪を飾り、首にはふかふかの毛皮の襟巻き、とどめとばかりに纏った長いローブは、金糸で豪奢な刺繍を施した、おそらくは、気の遠くなるような工程を経て作られたもの。どれも高価な品ばかり、それがかえって、この男の貧相さを強調してしまっている。……要は、全然、似合っていない。
 光の戦士たちは「何だありゃ」と眉をひそめ、アルス王子は明確な敵意を込めて男を睨み、その名を呼んだ。
「ギカメス! 臣下のお前が、いかなる権をもって王に命じるのか。答えよ!」
 ……光の戦士達は、驚いた。
 そこには、もう、おどおどと不安そうなまなざしを持つ幼い少年はいなかった。一国を背負い、人の上に立つ気迫と責任をもって凛と振る舞う王族の姿に、四人は「……すごい」と呟いた。
 けれどもギカメスと呼ばれた男は、ひとを馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべ、ぷらぷらと手を振った。
「何を言っているのか、さっぱりわかりませんなぁ。我が主は魔王ザンデ様のみ、そして私はザンデ様より、この国を混乱させよとの命を受けた。温厚な王がトチ狂い、戦争を起こし、将来有望な王子を殺したとあれば、国はさぞかし乱れるであろうなぁ。さあ、王よ! 自らの手で王子を殺すのだ!」
 ぱちん。ギカメスが細い指を弾いて鳴らすと、王はびくりと大きく震えて腕を振る。ル-ンを力任せに弾き飛ばし、前方に立ちはだかっていたナータをなぎ払い、アルス王子にむかってナイフをかざす!
「!」
 魔法の明かりを受けてぎらりと輝く切っ先は、一直線に振り下ろされ、……王自身の胸に、深々と突き刺さった。
「何!」
 ギカメスの表情が強張る。
「これで、もう、私を操る事は……できない。……王子」
 王は、震える腕を、王子に伸ばした。
「……アルス。愛しき我が子よ。よくぞ、戻ってきてくれた……。ありがとう……、すまない……」
 崩れる王の身体を支えながら、アルス王子が「父上!」と叫ぶ。そこへユールが駆けつけて、回復魔法を……掛けなかった。ぎゅっと目を閉じ、無言で首を振るユールに、アルスは「……そんな」と小さく呟く。
「王は死んだか」
 ギカメスは舌打ちをし、長い長いローブを脱ぎ捨てた。
「ならば、こんな窮屈な格好をする必要もない。見よ、私の真の姿を!」
 次の瞬間、ギカメスの身体が弾け飛んだ。細い身体に極彩色の羽毛が生え、唇は嘴に、腕は翼になり、人と鳥の中間のような、奇妙な生物へと変貌した。
「……ガルーダ」
 アルス王子が口にした言葉に、ルーンは覚えがあった。ドラゴンの塔の看板に書かれていた……かつて、サロニアを襲った魔物の名。
 ガルーダは翼をはばたかせ、雷を発生させた。狭い部屋内で炸裂した雷は、その場にいた者を打ちのめし、悲鳴を上げさせ、身体の自由を奪う。
「一息には殺さぬ。ゆっくり、じわじわと料理してやろう」
 まるで、こちらの恐怖を煽るかのように、じりじりと迫ってくる魔物。全員が、攻撃するなり、逃げるなり、何かしらの行動を取ろうとしたけれども、身体が麻痺して動かない。……どうしようもない。
 ……こんなところで死ぬのか。
 誰もがそう考えた、その時に。
 びょう、と、風が渦巻いた。
 窓から吹き込んできた自然の風……ではない。どこからともなく現れた意志ある風は、光の戦士達を包み込み、力強い声で語りかけ、励ました。
「諦めてはならぬ! 自分達に与えられた力を信じよ! 私もまた、そなたたちに力を貸そう……」
 四人は、風から、大きな力が流れ込んでくるのを感じた。身体からしびれが消え、鉛のように重かった手足が、嘘のように軽くなる。
 勢いよく立ち上がった四人は、お互いの顔を見合わせた。うん、とひとつ頷いて、再びガルーダに対峙し、そして……。

「……奴が、動いたか」
 不思議な風の気配を感じ取り、白髪の男……ユールを拾ったあの男だ……は呟いた。
 場所は、サロニア城門前。四人組よりも一歩遅れてここへやってきた彼は、城壁に寄りかかり、腕を組んで座った姿勢のまま、城内の様子を『視て』いたのだった。その両脇に立っていた小さな双子は、寸分違わぬ動作で、かくんと首を傾げてみせた。
「いいんですか?」
「ガルーダさん、やられちゃいますよ~」
「構わん」
 男の返事は素っ気ない。
「この国の『気』は大きく闇の側に傾いた。ここまで来れば、どう転んでも、計画は成功する。ガルーダがどうなろうと、問題はない」
 けれど、と、双子は食い下がる。
「この風、放っておくと、厄介な事になると思うんですけど?」
「風が動いたからには、夢も目を覚ますでしょうから」
「そうでなくては困る。連中には、せいぜい働いてもらわなければ。……もちろん、最後には、跡形もなく消えてもらうが」
 すると双子は口元を押さえてクスクス笑った。
「いやーん☆」
「なんだか悪役っぽいですねぇ~」
 はしゃぐ双子に、男はニヤリと笑みを浮かべてみせる。
「悪役に決まっているだろう。私は、世界の敵なのだから」
「……とかなんとか、カッコつけてるうちに、ガルーダさん、やられちゃったみたいですよ」
「かわいそうに」
「上司がボンクラだと苦労するんですよねぇ」
「誰がボンクラだ」
「きゃー☆」

 ……不思議な風にもらった力を、四人は、存分に発揮した。
 ルーンの剣の腕は格段に上がり、ナータは呼び出せる獣の種類が増え、ラーンやユールは魔法の威力や範囲が拡大し、ガルーダを、どうにかこうにかではあったけれども、倒すことに成功したのだった。

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