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FF3おはなし31

 それからの数日間は、めまぐるしく過ぎていった。無意味な戦争を即時中止し、城と町の混乱を収拾し、破壊された区画の復興に取りかかり、王の葬儀の日取りを決め、それと同時に、アルス王子の即位も決まった。
 たった十歳のアルスが王位を継ぎ、しかも、彼自身が実際に政治を執り行うと聞いた四人は驚いた。もちろん、すべてをアルスひとりで決定する訳ではなく、大臣や騎士長といった側近達が脇を固め、きちんと補佐をしてくれるのだけれども、最終的な決定権は、アルスが握る。この広い広いサロニアを、しっかり者だけれども幼いアルスが背負っていくのだ。
 サロニアは、しばらく、不安定な状態が続くだろう。
 しかし、最初の山さえ越えることが出来れば、アルスは、歴史に名を残すほどの名君になれるのではないか。そんな気がする。
 アルスのことを気に掛ける一方で、四人は、これからどうすべきか、サロニアの知識人達をも巻き込んで、作戦を練った。
 平和を取り戻すためにはすべてのクリスタルに出会う必要があり、最後のクリスタルは『古代の民の迷宮』の中にある。そこへ行くには海を越える事の出来る乗り物が必要で、それについてはサロニアの飛空艇開発チームが遺跡から発掘・修理した『ノーチラス号』を譲ってもらえることになった。
 これで『古代の民の迷宮』へ行ける! 小躍りする四人に、サロニアの学者達は「まだ無理です」と釘を刺した。
「古代の民の迷宮には、侵入者を徹底的にやっつける『迎撃システム』があるんですよ。それを破る事ができなければ、迷宮に近づくことさえできません」
「じゃあ、どうすればいいのさ~」
 口を尖らせるラーンを優しく諭したのは、ひとりの老魔道師だった。
「ダルグ大陸に、伝説的な魔道士の弟子がいる。はるか昔……神代より生き続けた『超魔道師』ノアの弟子がな。彼らなら、世界の異変について正確な事を知っているじゃろうし、古代の民の迷宮へ行く方法も知っているはず」
 ダルグ大陸というのは、険しい山に囲まれて、人々の記憶から忘れ去られた大陸のこと。気候は気紛れで荒々しく、土壌も貧しいので、ここで生活する者はいなかった。『超魔道師』ノアと、その弟子達を除いては。

 空気抵抗を極限まで減らすべく、流線型に設計されたノーチラス号のスピードは、速い、を通り越して、常識はずれ。すさまじい勢いで流れてゆく景色に戸惑いながら、一行はダルグ大陸上空までやってきた。
「ねぇ、あの建物じゃない? ノアの弟子の館」
 ノーチラス号の小さな丸窓にへばりついていたラーンが呼びかけると、ユールとルーンが、どれどれ、と寄って来た。
 ダルグ大陸の真ん中に、陽光を浴びて白く輝く館がある。他にそれらしい建物は見えなかったから、おそらく、間違いないだろう。
 四人は、館のそばの小さな草原にノーチラスを停め、地上へ降りた。想像以上に、風が強い。大事な荷物や、自分自身が飛ばされないように気をつけながら、一行は館の前へ辿り着き、見上げるほどに大きな扉をノックした。
 返事はない。
 そっと押してみると、驚くほど簡単に、扉は開いた。
「すみませーん」
「誰かいませんか?」
 隙間から、大声で呼びかけてみても、やはり、返答はない。
「誰もいないのかな?」
「いや、いる」
 断言したのはルーン。
「人の気配や、動物の気配がする。それも、大勢」
「気配、ねぇ?」
 ナータは、わかんねーなぁ、と肩をすくめる。
「俺は何にも感じないけどな。本当にいるのか?」
「俺がいると言ったらいるんだ。行くぞ」
 ナータに反論の隙すら与えず、ルーンは館に入っていく。残された三人は、やれやれ、と顔を見合わせつつ、彼に続いた。
 真昼だというのに、館は暗い。
 まっすぐ伸びる廊下を進んでいくと「何者だ!」幼い子供のような声が凛と響いた。
「ここがどこだか知ってて来たのか?」
「侵入者だ!」
「ものども、かかれ!」
「ニャー!」
 わぁっと四人にむかって殺到してきたのは、白くて丸っこい獣の群れ。一見、猫に似ている(鳴き声も「ニャー」だったし)けれども、背に蝙蝠のような翼を持ち、ふらりふらりと空を飛んで、予測不可能な動きをする。そうして繰り出される体当たりは、痛くはないが、鬱陶しい。
「あんまりしつこいと、みんなまとめて吹っ飛ばしちゃうぞ!」
 ついにラーンが杖を構える。強力な黒魔法が発動する気配に、敵も味方もたじろいだ。
 そこへ。
「何の騒ぎじゃ?」
 頭から踝までを橙色の布に包んだ誰かが姿を現すと、生き物達はピタリと動きを止めた。
 それは、ひょろりと長いシルエット。星の印がついた杖をつき、ゆっくり歩く姿は、いかにも思慮深く物静かな哲人、という印象。
「そなた達……クリスタルに選ばれた戦士じゃな?」
 呟いた人物の顔は布に隠れて見えないが、どうやら、高齢の男性であるらしい。
「その声。あんたは……!」
 珍しく、ルーンが叫んだ。
「サロニア城で、俺たちがガルーダにやられていた時に、力を貸してくれた風。あれは、あんたの仕業だったのか!」
  すると、橙色の魔道師は柔らかく笑んで、頷いた。
「察しがいいな。その通り。……モーグリ達よ、彼らは客じゃ。客間に通し、椅子と卓を用意せよ。暖かいお茶と、軽い食事も忘れずにな」
「……ってことは……」
 ラーンは、杖を構えたまま、上目遣いに老人を見た。
「あなたが、超魔道師ノアの弟子、なの?」
 橙色の魔道師は、いかにも、と頷く。
「我が名はドーガ。ノア様の弟子にして、風の導きを知る者。光の戦士達よ、よくぞここまで参られた。そなた達には、様々なことを話さねばならない」
 通された部屋の卓には、人数分のお茶と焼菓子が用意されていた。
 四人に椅子を勧め、自身も木の椅子に腰掛けながら、ドーガは、では、と呟いた。
「そもそもの話から始めよう」
 言ってドーガは、四人の顔を順繰りに見渡した。彼の、まっすぐ心を射るような視線に四人は戸惑いながらも、椅子に座り、背筋を伸ばして、頭を下げた。
「教えてください。お願いします」
 うむ、とひとつ頷いて、ドーガは語りはじめた。

 かつて、超魔道師ノアという、偉大な魔道師がいた。古代人が文明を築くよりもはるか昔に生まれ、あらゆる魔法の礎を築いた魔道師の中の魔道師。けれども、時の流れと共にその存在は伝説と化し、人々の記憶から消え去った。なぜなら彼は、ダルグ大陸の中央に屋敷を構え、そこから外へ出ることが、ほとんどなかったので。
 その彼が、珍しく、ふらっと外出した上に、ひとりの子供を連れて戻ったことがあった。
「ついに見つけた。この子が私の後継者だ」
 ノアの突然の宣言に、弟子……ドーガとウネは、飛び上がらんばかりに驚いた。
 それ以上に彼らを驚かせたのは、子供の魔法の才能だった。乾いた大地がみるみる水を吸うように、様々な魔法をマスターし、やがて、普通の人間には扱い得ない領域の魔法まで習得するに及んで、ドーガとウネは確信した。この子供……ザンデは普通の人間ではない。師と同じ種類の人間……人の身でありながら、人の枠を越えるほどの力を扱う事の出来る、特別な存在である、と。
 そう……、ノアは「特別」だった。
 永遠に近い寿命と、無限に近い魔力。今までも、これからも、決して変わらず、在り続ける者……人が生まれ、成長し、老いて死ぬのを、黙って静かに見届けている、決して枯れない孤高の花。
 だから、今から二十年ほど前に、彼が「私はもうじき死ぬだろう」と宣言した時、弟子達は驚いた。……いや、むしろ、困惑した。
 平静さを失った三人を前に、ノアは、ひどく静かに、微笑みさえ浮かべて言ったのだった。
「この世を去る前に、君達に、託したいものがある。ドーガには魔力を。ウネには夢の世界を。そしてザンデには、人としての命を」

「人としての命?」
 なんだそりゃ、と、ナータは呟いた。
「それじゃ、何ももらってないのといっしょじゃないか」
「ザンデもそう言っていた」
 ドーガは頷く。
「師の決定に、不服を抱いてこの地を去ったザンデは、古代の民が作り出した装置と土のクリスタルを利用して大地震を起こし、『絶対なる力』を呼び出して、自らのものにしようとしておる。悲しい事じゃ。何としてでも、ザンデを止めなければならぬ」
「えっと」
 ラーンが小首を傾げる。
「絶対なる力、っていうのがよくわからないんだけど。それって、すごいの?」
「説明するのは難しい。我々とて、断片を知るのみ。それは、光と闇の狭間にあるもの。すべてを否定し、押し流し、滅ぼそうとするもの。創造の神と対をなし、すべてを無に還すもの。もし、ザンデが『それ』を手に入れたなら、世界は、跡形もなく滅びるであろうな。かの大地震……世界を沈めた大きな震えですら、ザンデの計画の発動を告げる狼煙、滅びの予兆に過ぎぬのだ……」
「……」
 ようやく見えた、黒幕の姿。野望の輪郭。
 ナータは「ずいぶんとまぁ、大事なんだな」と、息を吐いた。
「けど、話が大きい割に、動機はアレだな。師匠のプレゼントが気に食わなかったっつーだけで、そこまでやるかぁ?」
 ナータの率直すぎる言葉に、思わずドーガは苦笑する。
「それだけ、ノア様の存在が大きかった、ということじゃな。……まぁ、無理もない。ノア様が亡くなった時、ザンデはまだ15の少年じゃったから。あやつにとって、ノア様は、師であり、父であり、目標じゃった」
「話を聞いている限りじゃあ、ザンデって人は、とんでもないく強いみたいだけど、私達、勝てるのかしら」
 ユールの疑問に、ドーガは「今のお前達では無理じゃな」と断言した。
「無論、儂にも無理じゃ。それほどまでに、奴は強い。故に我らは『禁断の地エウレカ』の扉を開かねばならぬ」
「禁断の地? エウレカ?」
「強力な武器や魔法が封印されている場所じゃ。まずは、ノア様のもうひとりの弟子、夢の番人ウネを訪ねよ。ウネを連れて、もう一度ここへ戻ってきたその時、エウレカの封印を解こう」
「わかりました」
 四人は力強く頷いた。

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