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FF3おはなし34

「地震……」
 ウネが、低い声で呟く。
 四人の旅は、地震から始まった。
 世界中を震わせた大地震は、旅の始まりを告げる鐘でもあった。
 ならば、今回の地震は……。
 ドーガとウネは、立ったまま。エウレカから帰還したばかりの四人は、魔法陣の上に座り込んだまま。地震が収まるのを待った。
 そして。
 大揺れに揺れる地面をものともせずに、ゆったりとした足取りで歩いてくる者がある。屋敷の長い廊下を抜け、侵入者を阻む魔力の壁をすり抜けて、彼は、この部屋までやってきた。
 ……地震が止んだ。
 二人の魔道師と四人の戦士、六人の視線が、やって来た彼に集中する。
 褐色の肌と、雪のように真っ白な髪を持つ大柄な男性。長い、ゆったりとした橙色の衣で身を包み、手には朱塗りの棒状の武器(杖というよりは棍に近い)を握っている。
 彼は、血そのもののような瞳で、部屋と、そこに佇む者達を眺め、口角を吊り上げた。
「私を倒す準備は整ったようだな?」
「……ザンデ!」
 呻くようにドーガが呟く。その名を聞いて、四人は身構えた。
「こいつが……」
「大地震を起こした悪い奴だね?」
「なんだ、思ってたよりフツーなんだな」
「そうね。……もしかしたら、とは思っていたけど」
 言ってユールは立ち上がる。
「やっぱりそうだったのね」
「ほう。……気づいていたのか?」
 からかうように、男性……ザンデは笑う。彼の問いかけに、ユールは「当然でしょ」と腰に手をやる。
「そうでなければいいな、と思っていたけど。あんな魔法、普通の人間に使えるはずがないもの」
「昔、サロニアにいた時にも、同じ事を言われたな。やはり私は、普通の人間には馴染めないらしい」
 軽く肩をすくめるザンデに「だからって!」とラーンが叫ぶ。
「だからって、世界を滅ぼしていいってことにはならないよ! あんたがやったことは、とんでもないことなんだから! あたしはあんたを許さない!」
「では、どうする? 今ここで私を殺すか? エウレカで手にしたその力で?」
 ザンデがぱちんと指を鳴らした次の瞬間、ごつ、と重い音がして、四人は地面に叩きつけられた。
「なんだっ?」
「動けないッ……!」
「お前達の重力を操作した」
 こともなげに、ザンデは言った。
「しばらくは、そこで大人しくしていてもらう。今回の目的は、お前達ではないのでな」
「何だと!」
「わかっているんだろう?」
 言ってザンデは、二人の魔道師に向き直る。
「久し振りだな」
「二十年振りかねぇ?」
 おどけるように、ウネは両の眉を持ち上げた。
「昔から図体のデカい子だったけど、まぁ、ずいぶんと大きくなったもんだ」
「そっちは大分老け込んだな」
「そうだねぇ、ずいぶん年を取ったけど、まだ美人はやめてないよ」
「ウネ。戯れ言はそこまでにしておけ」
 ドーガの、杖を握る腕に力が入る。
「お前が、わざわざここまで来た理由は何だ」
「それはですねー」
 会話を遮るように、きゃたきゃたと甲高い声が割って入る。同時に小柄な双子が小走りにやってきて、こんにちはー、と挨拶をする。
「貴様ら!」
 叫んだルーンににっこりと笑いかけた双子は、ザンデの左右につくと、深々とお辞儀をしてみせた。
「僭越ながら、僕達からご説明させて頂きます」
「今日、ここへ足を運んだ理由は……」
「ドーガ様、ウネ様、お二方のお命を頂戴するためでーす」
「……!」
 四人は息を飲む。しかし、二人の魔道師は動じない。
「……やっぱり、そうきたね」
 ザンデは頷く。
「ただし、大人しく殺されろ、とは言わない。死ぬのが嫌なら、私を止めたいと願うなら、全力で掛かってくるがいい」
「……全力で?」
 確認するように訊くウネに、
「全力でだ」
 ザンデもまた念を押すように答え、手にした武器をひたりと構える。
「魔王、と呼ばれる身だ。手を抜いて倒せる相手と思うな」
「……」
 二人の魔道師は、しばし、しずかに瞑目し……
「わかった」
 次の瞬間、二人の身体が爆発した。
 そのように、四人は思った。
 老人だった二人の姿は大きくふくれあがり、一瞬の後には、異形の魔物に変化していた。
「これが、我々の真の姿」
 かつてドーガだった魔物は言った。赤や黄色や紫や、毒々しい色をした管のようなものが無数に絡まり球体となったその魔物は、宙をふうわりと漂いながら、憂いを帯びた声で言った。
「我々が、ノア様から頂いた力を完全に使いこなすためには、か弱き人間の器を捨てる必要があった」
「強大な力を求めた結果がこの姿」
 かつてウネだった魔物は言った。こちらはわずかに人間の面影を残しているけれども、皮膚は青紫色に変化し、獣の爪と牙、角と尾を備えたその姿はおぞましく、生理的な嫌悪感を呼び起こす。
「これを見ても、まだ、力が欲しいと願うかい。ザンデ」
 ウネの言葉に、ザンデは笑みすら浮かべて即答した。
「ああ。欲しいな。何者にも屈する事のない、強大な力が」
「ならば、……!」
 ウネとドーガが同時に仕掛ける。人間には扱い得ない強力な魔力の波動。けれどもザンデは、涼しい顔で攻撃を受け流す。
「この程度か」
 ザンデが、す、と伸ばした手の先から、魔力が弾ける。ドーガとウネはなすすべもなく吹っ飛ばされて、床に転がる。そのまま、起き上がる事が出来ない。
「もう少し骨があるかと期待していたが。……味気なかったな」
 ザンデが、二人に向かって、つかつかと大股に歩み寄る。彼らに、手を伸ばせば届きそうな距離まで近づいた、その時。
「そんなこと……させるかっ!」
 力づくで重力を撥ね除けたルーンが、刃を抜いて飛びかかる!
 これにはザンデも驚いたらしい。ルーンの刃がザンデの頬をかすめ、つ、と真一文字の傷を走らせた。
 ……が、カウンター気味に強烈な一撃を叩き込まれたルーンは、身体を斜めに切り裂かれた。
「……!」
 声に鳴らない悲鳴を上げたルーンの身体を片腕で抱きとめたザンデは、場違いともいえる冷静な口調で語りかけた。
「私の重力場から脱出した、その実力は認めよう。だが、お前の出番はまだ先だ。今、ここで死にたくなければ、おとなしく退がっていろ」
 ザンデが無造作に放り投げたルーンの身体を、ナータががっしと受け止める。
「うわっ……すげぇ怪我だ! ……ユール!」
「大丈夫、治せるわ!」
 ルーンを床に横たえさせ、回復魔法を唱え始めたユールを背に庇うようにして、ラーンが、エウレカで授けられた杖を振りかぶる。
「絶対に、許さないんだから! エウレカで手に入れた、いっちゃん強い魔法をぶっつけてやる!」
「おやめ!」
 鋭く叫んだのは、床に倒れ伏したままのウネ。
「ザンデの言う通りだよ。あんたたちの出番は今じゃない。大人しく、その子の回復に専念しな!」
「でも!」
「いいから!」
「人間でも、魔物でも、ウネはウネだし、ドーガはドーガだよ! そんなの、当たり前だよっ! だから……」
 ラーンが叫ぶと、ウネの気配が、ふっと和らいだ。……不気味な魔物の顔は、決して微笑みはしなかったけれども、ラーンは、確かに、ウネが微笑むのを見た。
「……ありがとう。でもね、あたしたちは、人間じゃない。自然の……あるべき姿から外れたモノ、本来ならば、あっちゃいけないモノなんだ。そんなモノになろうとしてるザンデを止めるのは、人間である、あんたたちの役目だよ。……そんな悲壮な顔をしなさんな。大丈夫。身体は滅んでも、魂は滅びはしない」
「だそうだ」
 言って、ザンデは魔法を唱える。まるで、詩人が詩を詠んでいるかのような豊かな声、けれどもそれは、禁断の領域にまで踏み込んだ、呪いの言葉。解き放たれた強力な魔力に、二人の魔道師は消滅した。
「……!」
 四人は思わず目を瞑る。

「悔しいか」
 魔法の風に服をなびかせながら、ザンデは言った。
「仇を討ちたいと思うか」
 ひどく静かな声で。
「思うなら……水晶塔の最上階まで追ってくるがいい」
 言って、金色にきらきら輝く、小さな何かを放り投げた。それは、ちん、と軽い音を立て、四人の前に落っこちる。
 それは鍵。
 宝石が溜め込まれた、装飾的な鍵だった。
「次に会う時、私は人間を捨てているだろうから、お前達の事を覚えているかどうかはわからんが。せいぜい派手に歓迎させてもらう」
 言って、彼は、双子を伴い、部屋から歩いて出て行った。

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