indexFF3物語 > 35

FF3おはなし35

 鍵を手に入れた一行は、一晩を館で過ごし、翌朝、モーグリ達に見送られながら、サロニアへ向かった。
 古代史を研究している学者は、四人が持参した鍵を見て目を丸くした。
「こ、これは……文献で見たことがありますよ!」
 叫んで、居並ぶ本の中から一冊を選び、猛スピードでページをめくって手を止める。そこには、鍵をそっくりそのままスケッチした絵。
 四人は、学者の検索スピードの早さに驚きつつ、ちょっと呆れた。
「凄ェなー」
「どの絵がどの本のどこに載ってるか、まで覚えてるの?」
「まぁ、だいたいは。……それはともかく、この鍵は、古代の民の迷宮と、その中枢たるクリスタルタワーの正当なる使用者であることの証です。これがあれば、迎撃システムを作動させずに、迷宮に入ることが出来るかもしれません」
「かもしれませんって、 ……実際にどうなるかは、やってみなければわからないってこと?」
 ユールの問いに、学者はあっさり「そうですね」と頷く。
「迎撃システムが作動したら、どうなるの?」
 ラーンの問いに、やはり学者はあっさり「死にますね」と頷き、逆に聞き返す。
「あなた達、これをどこで手に入れたんですか?」
 四人は顔を見合わせた。まさか本当のことをそのまま言う訳にもいかず、ナータが「まぁ、その、なんだ。拾ったんだよ」とはぐらかす。
 学者は「拾った? こんな貴重なものを?」と、訝しげな顔をしたが、それ以上の詮索は無駄だと判断したらしい。鍵を灯りに透かして見たり、拡大鏡で覗き込んだり、何度も何度も文献と照らし合わせて検分したり……やがて、名残惜しそうに、四人に鍵を返した。
「あなたたちは、これを使って、何か大きなことを為そうとしているのでしょう? どうぞ、お気をつけて。……無事に戻ってきてくださいね。あなたたちは、サロニアにとっても、大恩人なんですから」
「もっちろん!」
 ラーンは笑ってウインクひとつ。
「悪い魔法使いをしばき倒して、絶対の絶対に、帰ってくるよ!」

 古代の民の迷宮には土のクリスタルがあり、迷宮を抜けた先にはクリスタルタワーがある。クリスタルタワーにはザンデがいて、『絶対なる力』を手にしようと画策している。
 目的は、彼を止めること。ザンデの計画をぷち潰して、皆そろって、ウルの村へ帰るんだ!
 そうと決まれば、善は急げ。食料やら薬草やらを買い込みノーチラスに乗り込んで、決戦の地へと船首を向ける。
 サロニアから海を越え、まっすぐ東へ。エリアが眠る水の神殿の近くで北に進路を変えてぐんぐん進めば、長大なクリスタルタワーが顔を出す。
   例の学者によれば、クリスタルタワーへは、徒歩でなければ近づくことはできないらしい。なので、近くの草原に着陸した後は、自分たちの足だけが頼りの徒歩の旅。
 からりと晴れた空の下、四人はさくさくと草を踏みながら、ひたすら無言で歩き続けた。
 クリスタルタワーまでは、まだ、かなりの距離を残している。けれども、とてもそうは思えないほど、近くにあるように見える。古代人の技術の粋を集めて建てられた塔は、サスーン城やアーガス城やサロニア城よりも遥かに高い。もし、ウルから出たばかりの四人が見たら、その高さ、その美しさに、腰を抜かしてしまうに違いない。
 そう……、クリスタルタワーは、とても、美しかった。
 その名が示す通り、水晶で造られた壮麗な塔は、手強い敵の居城であり、長い旅の終点でもあり、これから激しい戦闘が行われること間違いなしなのに……、とてもそうは思えないほど美しかった。こんなとんでもないものを、人の手で造ることが本当に可能なのかと、思わずにはいられない。けれども、現実に、クリスタルタワーは、千年以上の昔から、ここにある。高度な文明を誇った古代の民が、高度な技術の集大成として……あるいは力を誇示するために建造し、光の氾濫の引き金となったもの。その場所で、今度は、闇の氾濫が引き起こされようとしている。
 けれども、災厄の幕を引いたのも、また、人の手なのだ。

 クリスタルタワーの周囲をぐるりと囲む建造物……古代の民の迷宮と呼ばれる場所の前に立った光の戦士達は、これ以上ないほど真剣な面持ちで、シチュー鍋を覗き込んでいた。
「……こんな場所で野宿っていうのも、なんだかなぁ」
「さぁ、最後の戦いだ! 一気に突入するぞ! って言わないあたりが、いかにもユールだよね」
 呆れたように呟くナータと、少し不満そうな面持ちのラーンに、ユールは「当ったり前でしょ」と顔をしかめる。
「あれだけ長いこと歩いた後に、そのまま敵とバトルだなんて、しんどいことはやりたくないもの」
「そうなんだけどさー」
 それでもラーンは収まらない。ぷっと頬を膨らませ、ぐつぐつ煮えるシチューを睨んでいる。
「ザンデを倒しさえすれば、世界に平和が戻るっていう時に、のんびり寝てなんかいられないよ」
「ウネも言ってたでしょ? 大事の前には休まなきゃいけないって。ヘロヘロの状態であの人の前に立ったって、返り討ちにあうのがオチだわ」
「確かに、あいつの強さは尋常じゃないよなー」
 鍋の中で渦を巻くシチューをぼんやり眺めながら、ナータが呟く。
「あれだけの力があれば、普通の人間ではいられない……か」
 ルーンは鍋から離れ、自分の鞄の上に腰掛けて物思いにふけっていたが、ふと「気になっていたことがあるんだが」と、切り出した。
「ユール。お前、ドーガの館で会うよりも前に、ザンデに会ったことがあるのか?」
「……」
 ユールは黙ってシチューをかき回していたけれども、やがて、諦めたように「あるわ」と答えた。
「サロニアで。皆とはぐれた時に。あの時は、あの人がそうだなんて知らなかった。……とてもじゃないけど、世界を滅ぼしてしまおうって考えるような人には見えなかったわ」
「ん~……」
 考えながら、ナータはぽりぽりと鼻の頭を掻く。
「人間離れした魔力の強さと、お師匠さんのプレゼント。そのギャップが、あのおっさんを駆り立てたんだよな? 自分はもう充分強くなった、なのに師匠がくれたのは、人間としての命っつー『くだらないもの』だった、っていう」
「それならもっと強くなってやろうってんで、『絶対なる力』に手を出したんだよね?」
 ラーンが引き継ぐ。
「『絶対なる力』を手に入れたら、ザンデは満足するのかな?」
「しないだろうな」
 ルーンは憂鬱そうに溜息をついた。
「結局、どこまで行っても『果て』など見えやしないんだ。……逆に、それを知ってしまったが故に絶望し、世界を滅ぼそうと考えたのかもな。そういう意味では、奴は、『果て』を見てしまった訳だ」
 それっきり、四人は口を閉ざした。
 風だけが、空を渡り、草を揺らし、かさかさと音を立てる。
 ……どんな時でも、風は自由。
 何者も、風を遮ることなど、できはしない。
 そして四人は、風の谷の子供だ。
 彼らはシチューを食べて早々に眠り、日の出とともに目を覚ました。残りのシチューを平らげて荷物の確認をし、古代の民の迷宮の入口に立つ。
 気合を入れて、
「行くぞ!」
 迷宮には大きな門があり、その両端には、見上げる程の巨像が、まるで門番のように立っていた。……いや、事実、彼らは門番だった。来訪者の気配に目を覚まし、四人を排除しようと動いたが、鍵を示すと、逆に門を開けてくれた。
 あの門番こそが、侵入者を排除する迎撃システムだったのではないだろうか、と、四人は考える。なにしろ、門の向こうは、世界の要、土のクリスタルの祭壇になっていたのだから。
 その唐突さに、四人はあっけにとられた。しかし、それ以上に驚いたのが……。
「やっと来たね! ずいぶん遅かったんだねぇ、あたしゃ待ちくたびれちまったよ」
 クリスタルの影からひょっこり現れたのは、小柄な老婆。続いて、対照的にのっぽな橙色の服の老人が、姿を見せる。
 思わず四人は、悲鳴を上げた。
「ぎゃああああッ!」
「ウネとドーガ?」
「死んだんじゃなかったの!」
「幽霊? 幽霊? ねぇ、幽霊?」
 大騒ぎする四人を、ウネは両手を振って「落ち着きなさいな」となだめる。
「だから言ったろ。からだは滅びても、魂までは死なないって」
「で、でも! それってちょっと、反則じゃない?」
 するとウネはコロコロ笑った。
「なんといっても、あたし達は、伝説の超魔道師の弟子だからねぇ。それくらい朝飯前なのさ。それはともかく!」
 唐突に真顔に戻って、ウネは言った。
「古代の民の迷宮とクリスタルタワー。ここに、そのまま、普通に突っ込んだんじゃあ、命がいくらあったって足りやしない。あたしたちが、案内するよ」
「ついてくるがいい」
 ふわりと長いローブをなびかせて、ドーガが奥の扉へと向かっていく。 四人は罠かと警戒し、戸惑いながらも、ついていくことにした。

NEXT