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FF3おはなし36

 四人は、土のクリスタルの前に立った。
 見た目には、今までに出会ったクリスタルと同じものだが……。
「このクリスタル、元気がないっつーか、光が弱いっっつーか、そんな気がする」
 ナータが指摘すると、ウネは「おやまぁ、よく気づいたねぇ」と目を真ん丸に開く。
「残念なことに、土のクリスタルは、今でもザンデの支配下にあるんだよ。あの子の基本属性は土だからね、土のクリスタルとは相性が良いんだ。それを利用して、クリスタルの力を搾取し、『絶対なる力』を呼び出そうとしてる……急がないと」
「そうだね。……待っててね、きっと、解放してあげるから!」
 ラーンが呼びかけても、土のクリスタルは、返事をしないし、力を与えてくれる様子もない。ためしに触れてみても、やはり、何の変化もない。
「……急ごう」
 ドーガの声に、一行は頷き、クリスタルの間から出て行った。

 古代の民の迷宮は、想像を絶する大迷路。無数に枝分かれした道と、壁に刻まれた奇妙な文様が、侵入者の方向感覚を失わせる。正解の道を知っているウネとドーガの導きがなければ、四人はあっけなく迷子になったに違いない。一行は、驚異的な早さで古代の民の迷宮を抜け、クリスタルタワーへと進入した。
 クリスタルタワーは、古代の民が、最先端の技術と、光の力とを結集して造りあげたもの。外見と同様、その内部の床も、壁も、すべてが水晶でできている。ど派手に輝く階段を駆け上りながら、四人は、美しさに感動するよりも先に、呆れた。
「よくもまぁ、こんなとんでもないモンを造ったもんだ」
「ぴかぴかしてりゃいいってもんじゃないでしょうに」
「まるで、鏡がずらっと並んでるみたい。悪趣味だねー」
「この塔を設計した奴の顔が見たいな」
「クリスタルタワーの設計者、その名はオーエン。現代に生きる唯一の古代人、デッシュの父親じゃ」
 ドーガが呟くと、四人はぴたりと足を止めた。
「奴こそは、光の氾濫の引き金となった男。……もっとも、本人は、そんなつもりは毛頭なかったようだが」
「ねぇ、もしかして、ドーガって、オーエンに会ったことがあるの?」
 ラーンの質問に、ドーガはそっと首を振る。
「いいや、ない。わしは年寄りだが、さすがにそこまで長命ではない。だが、我が師、ノアとは面識があったらしい。オーエンは、自分の技術の限界を求めて浮遊大陸とクリスタルタワーを作り、光の氾濫を招いた。しかし、その浮遊大陸だけが、ザンデの起こした大地震から逃れることができた。浮遊大陸がなければ、人々が生き残り、光の戦士が選ばれることもなかったじゃろう。……皮肉な話じゃ」
「……それって、偶然、なんでしょうか」
 おずおずと、ユールが話す。
「ウネのオウムは言っていましたよね? 『すべてがノア様の予言の通りになってしまった』って。一連の出来事を予言したのもノア、ザンデに人間の命を与えたのもノア、……だとすると、なんていうか」
「すべてが仕組まれているような気がする……ってか?」
 ナータが肩をすくめると、ルーンは不満そうに鼻を鳴らした。
「だとしたら、何のために仕組んだんだ? 世界を滅ぼすためか? ザンデに『絶対なる力』を手に入れさせるためか? それとも、古代文明が滅んで現代になったように、世界を、新しい段階へ移行させるためか?」
「う~ん、なかなか鋭いところを突いていますねぇ」
 突如、声は、横手から聞こえた。

 一行は、階段の途中で足を止め、話し込んでいたはずなのに。周囲の風景は一変し、ダンスホールほどもある広場になっていた。
 広場には、巨大で禍々しい黒竜の石像が四体並んでいて、その中央に、小柄な双子がちょこんと佇んでいる。にこにこと愛らしい笑顔を浮かべたまま、長い袖に隠れた手を胸にあて、ひょい、と挨拶のようなしぐさをしてみせる。
「クリスタルタワーの第7層へ、ようこそいらっしゃいました~」
「……お前達!」
 彼らの姿を認めた瞬間、四人は、エウレカで得た武器を構えた。
「やっと、直接戦う時が来た訳だ!」
 吠えるように叫ぶルーンに、双子は、揃って困ったような顔をしてみせる。
「相変わらず、好戦的ですねぇ」
「いや~ん」
「センソー反対~」
「くすくすくす」
「鋭いところを突いている、と言ったな……」
 ルーンは、笑みを絶やさない双子にむかってラグナロクを突きつける。
「何か知っているのか。それとも、お前達こそが仕組んだ張本人なのか」
「怖いことをおっしゃる~」
「でもまぁ、うん、半分は正解? ですよねぇ?」
 双子が片割れに問いかける。同じ顔をしたもう一人は、う~ん、と考え込んでから、そうですねぇ、と両手を開く。
「確かに僕達は、いろいろなことを知っていますよ。おそらく、ドーガさん、ウネさん、あなた達でも知らないようなことをね」
「でも、今、それをお教えする訳にはいかないんです」
「ザンデ様は、今、この上で、『絶対なる力』を召喚している真っ最中」
「ですから~……」
 双子が意味ありげに目配せをした、その瞬間。
 四頭の竜の像の目が、ぎらり、と赤く輝いて、魔力が部屋に充満する。その途端、四人の身体は、ぴくりとも動かせなくなってしまった。
「……!」
「ザンデ様が『絶対なる力』を呼び出すまで、あと少し」
「あなた達には、そこでそのまま、じっとしていてもらいます」
 まるで、ピンで刺し止められてしまった虫のように動けない四人に向かって、あくまでにこやかに、双子は言った。
「この魔竜の呪いは強烈ですからねぇ」
「うんと強い光の心の持ち主を四人、連れてこない限り、あなた達にはどうすることもできませんよ」
「そんな人が、いればの話ですけど」
 双子は、互いの顔を見合わせて「ね~」とにこにこ笑っている。すると、ウネとドーガは大きく一声「大丈夫!」と叫び、宙に浮かび上がった。
「あたし達が、探してくるよ。光の心の持ち主を!」
「だから、それまで、持ちこたえていろ!」
 ふっ、と、二人の姿がかき消える。
 それを見て、双子は、慌てるでもなく、うろたえるでもなく、ただ、にこにこと笑みを浮かべている。
 やはり、何かが仕組まれている……。
 四人は、心の裡で、確信した。

 その頃、サスーンでは……。
 ジンによって被害を受けた城下町、その復興事業の陣頭指揮を執っていたサラ姫のもとへ、ウネの魂が現れた。
「光の戦士達の危機を救うために、あんたの力が必要なんだよ!」
 見ず知らずの老婆の突然の呼び出しに、サラ姫は「なんですって? 光の戦士……ルーン達が?」と険しい表情をしてみせたが、ウネの言葉に偽りがなく、緊急性のあることと気づいた彼女はすぐさま頷いた。
「わかりました。参ります。連れて行ってください」

 同時刻、カナーンでは、ドーガの魂が、シド爺さんの家を訪れていた。
 シド爺さんは新型飛空艇の開発の真っ最中。しかし事情を聞いて「連中は、ワシと婆さんの恩人じゃ! あいつらのためなら、どこへでも行くぞ!」と勇ましく叫んだ。

 次に、ウネの魂は、サロニア国王として政務をこなすアルスのもとへ。
「お願いだよ、アルス王子。あんたの力を貸しておくれ!」
「わかりました。少しでも力になれるのなら……行きます」

 ……残る一人は、なかなか見つからなかった。
 困り果てたドーガとウネは、オーエンの塔の最上階、今なお異常な駆動音を上げ続ける動力炉の元へとやってきた。
「……あと一人だっていうのに」
「デッシュ……死んでしまったのか……」
 動力炉の唸りは、二人の呟きをかき消して、塔全体をもゆるがすほど。
 その音が、不意に、穏やかで規則的な機械音へ変わった。
「……!」
 息をひそめる二人の目の前で、「あーらよっと!」ひとりの青年が、動力炉から姿を現す。全身煤に汚れて真っ黒だったけれども、顔には最高の笑顔を浮かべている。
「いやぁ危なかった~! もうちょっとで爆発しちまうところだったぜ! それをどうにかしちゃうなんて、さすが俺! ……で? そちらはどちらさん?」
「生きていたか……!」
「当たり前だろ! 俺がこんな色気のないところでくたばるタマかよ! ……え? 何だって? 光の戦士達が危ない? 一難去ってまた一難か。仕方ねぇ、行ってやるぜ」

 ウネとドーガによって連れてこられた四人が、それぞれ、四体の竜の前に立つ。すると竜の像は砕け散り、光の戦士達は身体の自由を取り戻した。同時に、懐かしい人々との再会を喜び合って、声を上げたり抱き合ったり。特に、かねてよりルーンのことが気になっていたらしいサラ姫は、その手をがっちり握って離さない。その迫力、その強引さにたじろぐルーンの姿に、珍しいものを見てしまったぞと、シドやナータがはやしたてる。
  その様子に、双子は、仕方ないね、と言わんばかりに肩をすくめた。
「申し訳ありません、ザンデ様」
「僕達、失敗しちゃいました」
 すると、再び風景が一変した。

 そこは、クリスタルタワーの最上階。まるで教会の尖塔のように鋭角をなす天井はおそろしく高い。その広い広い空間の中央に、一人の男が、一行に背を向ける形で立っていた。
 ……魔王ザンデ。
 デッシュですら見上げる程の長身、魔法使いというよりは格闘家のようないかつい雰囲気。ひとつに束ねた白い髪が、渦巻く魔力の風に激しく舞っている。
 赤い瞳が見るものは上方、ただし天井ではない。もっと近くにあるもの。背の高いザンデが、腕を伸ばせば届きそうな場所にあるもの。ぼんやりと空中に漂う、半透明のもの。目をこらしてよく見れば、それは、無数の蛇を従えた、若い娘のようにも見える。けれどもそれは、見た目通りのものではない。『絶対なる力』と呼称されるもの。光と闇の世界のバランスが崩れた時に、氾濫に乗じて現れて、世界を無に還すもの。
 ザンデの呼びかけに呼応して、今、それは、光の世界へやってきた。
 そして……。
「……さあ」
 ザンデが、左腕をさし上げる。
「来るがいい……」
 すると、半透明の娘も手を伸ばす。端から見れば、引き裂かれていた恋人達が、長い時を経て再び出会った時のよう。けれどもそれは、すべてのものに死を差し招く、破滅の序章。
「やめて! そんなものに、手を伸ばさないで!」
 思わずユールが絶叫する。けれども間に合わない。ふたりの指が触れた場所から、バシッ、と稲妻のような光が爆ぜた。ザンデの髪を留めていた紐がはじけ飛び、雪のような髪が、ばさりと広がる。

 荒れ狂う魔力の嵐が去った時……、娘の姿は消えていた。
 そこには、『彼』が、ただひとり、立っている。……ゆっくりと、こちらを向いた。
 確認するかのように、手を握ったり開いたりしながら、『彼』は、ふむ、と頷いた。
「この時代に、我が器となる肉体が存在していようとは。……しかも、思った以上に良い身体だ」
「……!?」
 思わず四人は身構える。
 声も、姿も、四人が知っているザンデそのもの。けれども、その顔は、まったくの無表情。まるで、すっかり別人になってしまったかのよう。ひどく精巧な人形になってしまったかのよう。
 それもそのはず。たった今、彼は『絶対なる力』と融合し、人間であることをやめてしまったのだから。

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