indexFF3物語 > 38

FF3おはなし38

「それじゃ、あたしたちも帰ろうかね」
 ウネの言葉に、ラーンが驚く。
「帰るって、どこへ?」
「ここだよ」
 言ってウネは、闇のクリスタルを、ノックでもするかのようにコツコツ叩く。
「身体を離れた魂の記憶は、クリスタルに蓄積され、次の世代へと継承されていく。……クリスタルは、この世界に生き、死んだものたちの魂の器。記憶の結晶体。あんたたちがクリスタルから与えられた力も、そうした過去の英雄の記憶の一部なんだよ」
「そうなんだ……」
「何であろうと、誰であろうと、皆、等しくここへ戻る」
 橙色のフードの下で、ドーガが呟く。
「光の戦士達よ、本当によくやってくれた」
「いやぁ。お礼を言わなきゃならんのは、俺たちの方だよ」
 ナータは照れくさそうに笑い、顔の前でぱたぱたと手を振った。
「ここにいる皆がいてくれなかったら、力を貸してくれなかったら……俺たち、ここまで来れてねーから」
「うん。そーだよねー。絶対にそう」
 ラーンが激しく何度も頷く。
「光の戦士とか言ってもさ、結局は、皆のおかげでなんとかなったんだもんねー」
 するとドーガは柔らかく微笑んだ。
「その通り。誰が欠けても、危機を取り除くことはできなかった」
「これで、闇の世界の復興も進むだろうね!」
 ウネの言葉に、ラーンが「えぇっ?」と裏返った声を上げる。
「光の氾濫があったのって、千年前なんでしょ? なのに、まだ、復興してないの?」
 ええまぁ、と、双子は頷く。
「昔に比べれば、だいぶマシにはなりましたけどね~」
「闇の世界は、本当に、滅亡一歩手前まで追いつめられましたからねぇ」
「大変でしたよね~」
「誰かさんのお父さんのおかげでねぇ~」
「ははは……」
 双子に、じっ、と見つめられて、デッシュはあさっての方を見る。引きつった笑いを浮かべるその顔に、冷や汗が光っている。
 ……間を置いて、デッシュは改めて双子に向き直り、悪かったよ、と謝った。
「こうして千年後に会ったのも何かの縁だ、できるだけの償いはさせてもらうよ」
「いいえ。過ちだとか、償いだとか、そんなものは、この戦いでチャラにしましょう」
「僕達も、いろいろちょっかい出しましたしねぇ」
「そういえば、そうだったよなぁ」
 ナータが口を挟む。オーエンの塔で、浮遊大陸ごと落とされそうになったことは、まだまだ記憶に新しい。
「オーエンの塔で、あんたたち、ずいぶんあっぱれな悪役っぷりだったけど、あれって、演技だったのか?」
「いえ、あれは素です」
 けろりと悪びれない顔で双子は答える。
「浮遊大陸も、ちょっぴり本気で落とそうと思ってました」
「千年前の恨みもありましたしねぇ」
「けれど、優秀な科学者の息子さんで、自身もエンジニアのデッシュさんがいるんですもの。僕達がちょっかいを出したところで、絶対落ちたりしませんって」
「いやいやいや!」
 デッシュは顔の前でばたばた手を振った。
「普通に結構危なかったぞ。第一、エンジニアって言っても、千年も寝てぼ~っとしてる時にだなぁ……そもそも親父だって……」
 千年前の話で盛り上がる双子とデッシュ。やがてそれが一段落すると、ドーガとウネは、顔を見合わせて微笑んだ。
「これなら、きっと、大丈夫だね」
「そうだな。我々も、安心して帰ることが出来る」
 次の瞬間、ドーガとウネの身体が、すぅ、と透き通る。一行は驚いて、二人の魔道師を取り囲む。手を差し伸べて別れを惜しみ、見送りの、あるいは労いの言葉をかけた。
「ありがとう。嬉しいよ。本当に嬉しい。……それでも、行かなきゃ」
「うむ。……では、さらばだ」
「じゃあね! 皆、元気でね!」
 しゅっ、と、二人の姿が掻き消える。
 しばしの沈黙。
 ナータが、ふぅ、と大きく息を吐いた。
「俺たちも、帰ろうぜ」
「その前に、ちょっとだけ、時間をもらってもいいかしら」
 言ってユールは、床に横たわったザンデの側へ行って膝をついて、顔を覗き込んだ。
「……まったくもう。ほんとに腹が立つったら。そんなに幸せそうな顔、しないでよね……」

 クリスタルタワーの入口と、古代の民の迷宮の出口に挟まれた草原で、簡素な弔いを済ませた後、一行は、飛空挺の前に集まった。双子は袖に隠した両手を胸の前で合わせ、独特の礼をした後、ニッコリと笑う。
「僕達は、闇の世界で。あなた達は、光の世界で」
「それぞれ、頑張りましょう」
「うん。……それじゃあ」
 飛空挺は、爆音を立てて空に浮く。エンジンの異常がないことを確認し、船体の向きを調整し、一気に、ぐん、と加速する。なにしろ猛スピードを誇るノーチラス号のこと、クリスタルタワーが視界から消えるまで、そう長い時間はかからなかった。

 光の戦士一行は、順番に、仲間を降ろしていった。
 まずは、サロニアでアルスと別れる。
 アルスは、はにかんだような笑みを浮かべつつも、以前に比べればずいぶんとしっかりした態度で、一行に別れを告げた。
「落ち着いたら、是非、サロニアに来てくださいね。ガルーダに荒らされる前の……いえ、それ以上に素敵なサロニアを、皆様のお目にかけますから」
「うん。絶対に行く。アルス王子……じゃない、今はもう王様だっけ。大変だと思うけど、頑張って」
「ありがとうございます!」

 次に、水の巫女エリアが眠る場所へ向かい、無事に戦いが終わったことを報告し、浮遊大陸へ戻る。
「オーエンの塔へ行ってくれないか? ちゃんと修理が終わったのか、確認しておきたいんだ」
 要望通りデッシュをオーエンの塔で降ろし、カナーンを目指す。

 町外れの野原……シドが飛空挺の発着場に使っている場所だ……に近づくと、そこにはすでに、老婦人がひとり、待ち構えていた。すっかり元気になったシドの奥さんが、近づくエンジン音に夫の帰還を察知していたのだった。
「ばあさんや! シド・ヘイズ、只今帰りましたぞい!」
 シドは、飛空挺から下りるやいなや、飛びつくように奥さんに抱きついた。抱きつかれた奥さんは目を丸くして「よしなさい、人前で! はずかしい!」と、シドをひっぺがす。
 シドは「いやぁ、すまんすまん。若いもんには負けてられんからな!」と悪びれもせず、豪快に笑う。
「ウルとカナーンなら距離も近いし、いつでも遊びにきなさい。ばあさんの絶品手料理をごちそうするぞい!」
「ごちそう!」
 叫んでラーンは目を輝かせる。
「それはもう、是非、お言葉に甘えなきゃだね!」

 次に、サラ姫を連れてサスーンへ。
 サラ姫は、別れ際、ルーンの手をしっかと握り、意味ありげな問いを発した。
「あなた、年はおいくつ?」
「は? ……15だが」
「そうですか。それでは、もう少しですね。時が来たらお迎えに上がります」
「はい?」
「楽しみにしておりますよ。では」
「……?」
 何がなんだかわからないままのルーンには、立ち去る姫の背を見送ることしか、できはしない。
「怖ぇなぁ。とんでもないこと企んでるぞ、あれは」
 ナータの言葉に、相槌すら打てないルーンだった。

 そして、四人は、ウルへと戻ってきた。
 あれだけ苦労して踏破した風の神殿が、今となっては箱庭のよう。子供の頃によじ登って遊んだ崖も、以前程の威圧感はない。危ないから近づくなと注意され、それでもこっそり潜入してはゲンコツを食らっていた村はずれの小屋だって、古代の民の迷宮の恐ろしさとは比べものにならない。
 それでも。
 ここは、四人にとって、愛すべきふるさと。帰るべき場所。トパパがいて、ニーナがいて、ホマクがいて、ダーンがいて、なにかと口やかましいガミガミ婆さんがいて、酒場を切り盛りするお姉さんがいて、……皆、村の入口で、四人の帰りを待ってくれていた。
「じっちゃん! 俺たち、やったぜ!」
 はしゃぐナータに、トパパはあくまで厳かに頷く。
「わかっておる。よくやった。……本当に、よくやった」
「頑張ったね……!」
 ニーナが光る目をエプロンでそっとぬぐうと、小さな子供達が、わっ、と飛びついてきた。
「すごーい! すごーい!」
「光の戦士って、ほんとだったんだね!」
「嘘であるものか」
 喜びの渦に身を置いてなお、トパパはとびきり冷静だった。
「世界を否定するものは消え去った。お前達の光の心のお陰じゃ」
 思わずユールは目を見張る。
「知ってたの? 暗闇の雲のこと?」
「儂を誰だと思っておる? 世界を支えるクリスタルのひとつ、風のクリスタルの言葉を聞く者、風の神官じゃぞ」
 言われてナータは苦笑する。
「そういえば、そうだった。意外とウルも侮れねーな」
「そりゃそうだよ。なんてったって、あたしたちの故郷だもの!」
 ラーンの声に、そうだそうだ、ウル最高! と唱和する声がある。
 お祭り騒ぎは、しばらく、収まりそうにもない。

NEXT