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仕切り線1

【05*暁の冒険者達】
地下5階制覇直後。
恐るべきケモノを倒したその後で。

「……っ! ぃ痛えぇえッ!」
「す、すみませんッ! すぐ終わりますから、我慢してくださいッ」
「くそッ。これだから消毒液ってヤツは……!」

 翠緑の樹海の地下5階。黒髪の錬金術師・キトラは、木に背を預けて座った姿勢のまま、地面に転がる小瓶を睨んだ。瓶はほぼ空っぽである。
 その隣で、分厚い眼鏡をかけたメディック・サリナスが、キトラの腹部に、あわあわしながら包帯を巻いてゆく。手当を行っている間、サリナスは、とにかくひたすら謝り続けた。
「すみません、すみません、本当にごめんなさい。僕が治癒力を使い切ったりしなければ、こんな傷、すぐに治せるのに……!」
「謝らなくていい。あの状況で、治癒力を使い切るなという方が無理だ」
 言ってキトラは息を吐く。
 彼らのまわりには、白い狼の死体がいくつもいくつも転がっている。その中で一際目を引く死体があった。死してなお威厳を失わぬ巨大な白虎、その傍らで、カーシャとシェーヴェが「せっかくだから牙や皮を持って帰ろう」と相談しているのが聞こえる。
 カーシャもシェーヴェも、ぱっと見繊細そうに見えるけれども、その中身はシビアでドライで現実的だ。根っからの冒険者である彼らは、もう少しして事態が落ち着いたなら、すぐさま虎と狼の解体作業に取りかかるだろう。
「……これだけの数の虎やら狼やらとやりあって、全員無事だったってのは、なかなか、凄いと思うぞ」
「無事、ですか」
 錬金術師の呟きに、サリナスは、視線を左にスライドさせる。
 そこには、あちこちに包帯を巻かれてミイラのようになったツィレーネが、ちょこんと行儀良く正座をしていて、サリナスの作業を、じっと、無表情に、見つめているのだった。
 ……はっきり言って、キトラよりもよっぽど重傷である。
 その状態で、ツィレーネは、眉ひとつ動かすことも、悲鳴ひとつ上げることなく、虎や狼と真っ向から戦い続けた。その戦いっぷりに、むしろ、他の皆が悲鳴を上げた。
 無表情に、されど鬼神のごとく戦うツィレーネのフォローをするべく回復術を連発したサリナスは、使える術をすべて使い切ってしまい、最後の最後に一撃喰らったキトラが受けられた処置といったら、消毒液をぶっかけて包帯を巻く、それだけだった。
 それでもキトラが「上出来だ」と認めるのは、戦った相手が、一人前の冒険者ですら手こずる強敵であったからだ。中でもスノードリフトと呼ばれる白虎は、幾人もの冒険者を葬ってきた恐るべきケモノであり、新参者がかなう相手ではない、悪いことは言わぬから手を出すなと、噂に囁かれ続けた魔物であった。
 そのスノードリフトを、シュタールは倒した。
 誰ひとり、倒れることなく。
 上出来だ。
 キトラは満足そうに微笑んだ。
「特に、ツィレーネはよくやった。……やりすぎて、ヒヤリとする場面もあったから……次は、もう少し、うまくやれるといいな」
 キトラの言葉に、ツィレーネは頷く。
 彼(彼女?)は、とにかく無口。とにかく無表情。何があっても声を出すということをしないから、集団行動はやりにくい。けれどもシュタールの面々は、それを決して咎めはしない。特にカーシャは、言葉が駄目なら目や手や足を使えばいいじゃんと、あっさり自然に受け入れる。そうやってアクの強い連中を集めて纏め上げ、手強い魔物も倒してしまうのだから、あの小娘は底が知れない。彼女のデタラメな統率力に、キトラは内心驚嘆していた。
「これなら、樹海の最奥に到達することだって、できてしまうんじゃないか」

 はっきり言って、樹海の探索ははじまったばかり、むしろこれからが本番。第1階層を制覇したくらいで偉そうなことを言うなと非難されること必至ではあるが、それでも。
「お前らとなら、なんだかデカいことをやれそうな気がする」
 言って、キトラは立ち上がった。傷は痛むが、動けない程ではない。エトリアの町へ帰って、戦利品を金に換えて、店へ行って、新しい武器や薬を調達して。やるべきことは山のようにある。

 時刻はちょうど午前6時。
 あたらしい一日が、始まろうとしていた。


仕切り線2
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仕切り線4