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仕切り線1

【07*本日の説教タイム】
地下8階探索中。
無理はするなと言ったのに!

「お前って奴は! 何度言ったらわかるんだ!」
 広葉の木々がたっぷりと生い茂る、世界樹の迷宮第2階層。むせかえるほどに濃密な緑の中、雷のごとき叱責が響く。
 腕を組んで溜息をつく黒髪の錬金術師、彼の深紅の瞳が睨むのは、しょんぼりとうつむく白髪頭のてっぺんだった。

「確かにお前は腕が立つ。戦闘のセンスもいい。だからといって、ひとりで敵に突っ込むな! さっきの戦闘で、無闇に突っ込んだ結果がこれだ!」
 言って錬金術師……キトラは、白髪頭ことツィレーネの肩を、手の甲で軽く叩いた。そこにはガーゼがあてがわれ、包帯が巻かれている。治療師サリナスがきっちり万全の処置を行ったから、傷は塞がっているし、痛みもほとんどないはずだ。けれども……。
「たまたま、サリナスがすぐに動ける状況だったからよかったが。ひとつ歯車が狂えば、間違いなく死んでいた。ここでお前を失えば、俺達も無事ではいられない。お前なしに迷宮を踏破できる程の余裕は無いんだよ、このシュタールには!」
 言ってキトラは中腰になり、ツィレーネと同じ高さにまで目線を下げる。うつむいているツィレーネの顎をぐいっと引いて、無理矢理自分の方を向かせた。
 琥珀色の瞳と焔色の瞳が、しばし、睨み合う。
「スノードリフトの時もそうだったが、死に急ぐような戦い方をするな。お前のためにも、俺達のためにもだ。……わかったか?」
 こくん。ツィレーネが頷く。
「頼んだぞ」
 ツィレーネの、怪我をしていない方の肩をポンと叩いて、キトラは曲げていた膝と腰とを伸ばした。少し離れたところに佇む仲間達を振り返り、彼らの輪の中へ戻って訊く。
「サリナス。治癒力はどのくらい残っている?」
「えっ? えっと……、そうですね、さっき回復の泉に寄ったばかりですから、かなり余裕はあります……よ?」
「なんで疑問形なんだ」
「いや、その、なんとなく」
「余裕はあるけど、そろそろ、戻った方がいいと思うんだ」
 カーシャは地図を広げ、まだ書き込まれていない部分……未探索地域を指し示した。
「ここからもう少し行った先の、……このあたりにね、おっかない気配がするんだ。それが例の飛竜だと思う。今、この状態で突っ込むのは、ちょっとしんどいと思うんだよね」
「おっかない気配……か」
 シュタールは現在、執政院より、飛竜の卵を持ち帰るよう命令を受けている。集めた情報によれば、飛竜は、一流の冒険者ですらやすやすと葬り去るほどの、恐ろしいモンスターであるという。
(そいつが、すぐ近くにいるのか……?)
 キトラは周囲を見回し、耳をそばだてる。そのような危険があるようには感じられないが、こういう時、カーシャの感覚には誤りが無い。
「その辺りの判断は、リーダー、お前に任せる」
「うっし! そんじゃ、帰ろう!」
 ぴょこんと勢いつけて立ち上がり、カーシャは、しょんぼりしたままのツィレーネを呼びに行った。
「ツィレーネ! ……なんだよぅ、元気出しなよ! あの程度、叱られたうちに入らないって! ボクなんか、しょっちゅう術式飛ばされてるし! この前なんかねぇ、ブーストつきの氷結の術式ぶちかまされて、本気で死ぬかと思ったんだから!」
「あはは。叱られ自慢が始まりましたよ」
 くすくす笑うシェーヴェに、キトラはガクリと肩を落とす。
「あいつは……。もう知らん! 帰るぞ!」
「はいはい」
 踵を返し立ち去るキトラ、その後ろを行くシェーヴェ。サリナスは、すたすた戻る年長組と、後ろで喋る年少組の、どちらへつこうかオロオロ迷い……、「カーシャさん! ツィレーネさん! 早く来てくださいよ、キトラさん達、行っちゃいますよ~!」と大声を張り上げる。
 ごめんごめん、と、走り出した年少組は、健脚にものをいわせ、あっと言う間にサリナスを追い抜いて、先行く二人に追いついてしまう。そのあまりの早業に、サリナスは、ぽかんと口を開けてしばし佇み……、ようやく我に返って「ま、待って! 待ってくださいよぉ~!」と走り出した。


仕切り線2
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仕切り線4