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仕切り線1

【12*しろがねの腕】
地下21階突入直後に起こった事件。
ネタバレ成分が濃いのでご注意!

「……なんだ、これは?」
 灰色の階段を降りるなり、キトラは眉をひそめ、呟いた。

 枯レ森の先は、存在自体が知られていない第5階層。どんな変テコな森が出てきても驚くまいと、思ってはいたのだが……。

 そこは、灰色の道と壁に囲まれた、回廊のような場所だった。明らかに人の手による建造物。誰も足を踏み入れたことのない樹海の奥深くに、なぜ人工物が? と一行は首をひねる。
「あれは何?」
 カーシャが指さした先は壁。すぱりと四角い穴が空いていて、外が見える。靄に包まれて、よくは見えないが、よぅく目をこらしてみれば、灰色の、巨大な箱のようなモノが、いくつもいくつも……それこそ森のように並んでいるのが見える。
 どうやら、今カーシャ達が立っている場所も、そうした『箱』のひとつであるらしい。
 壁も床も天井も、あちこちにひび割れを生じてボロボロだ。びっしりと白い枝に覆われ、支えられて、ようやく崩壊を免れているような具合。この『箱』が人の手を離れてから、はたして、どれだけの時間が経っているのだろう?
「これは……。遺跡、なのでしょうか?」
 周囲をせわしなく見渡しながら、サリナスが呟く。
 その隣では、ツィレーネが、床から拾い上げた虹色の円盤を眺めている。見る角度によって様々に色変わりする不思議な物体。何に使うものなのかちっともわからないそれを、ツィレーネは、かなり気に入ったようだ。
「綺麗ですね」
 きらきら輝く虹色に感嘆しつつ、サリナスは、さらに呟く。
「地層の深さからして、ここは、気の遠くなるほど昔に建設された都であるはず。それなのに、見てください。この『箱』も『円盤』も、我々の文明では、到底造り出すことのできない代物ですよ。まるで、過去ではなく、未来へやってきてしまったかのような……。それほどの文明があったにも関わらず、その存在自体、知られていない……なぜ?」
 なぜ、と言ったところで、答えなど、わかるはずもない。
 しかし、これには返答があった。
「それはね、ここが、人の来てはいけない領域だからだよ」
 声のした方を振り向けば、見覚えのある二人組が立っている。
 レンと、ツスクル。
 エトリアの冒険者の中でも、ずば抜けた実力を持つベテラン冒険者。
 未熟な冒険者達の成長を助け、見守るのが彼女らの役目。シュタールの面々も、幾度となく助けられてきた。
 ……しかし、今日は様子が違う。
「ついに、ここまで来てしまったんだね」
 哀しそうな表情で呟くレンは、シュタール一行を眺めながら言葉を紡ぐ。
「エトリアの街は、樹海の謎を追う冒険者によってなりたっている。それは君たちも知っているな? 樹海を目的に人が集まり、そのおかげで街はうるおう……それがこの街のあり方だ。わかるかね? この樹海は常に人々の謎であり、目指すべき目標であらねばならぬのだ。樹海の謎を解くような者が出ては困る。それが執政院の考えだ。すなわち君たちが樹海の謎を解く前に始末しろ! ということさ」
 そう言うと、レンはゆっくりと刀を抜き、身構える。
「君たちに何のうらみもないが……これも街のためだ。死んでもらう」
 同じように、背後に立つツスクルも身構え、呪言を唱える姿勢に入っている。
「全力であなたたちを阻止する。それが、レンの願いだから」
「……そうやって、ここまで辿り着いた冒険者達を排除してきたのか」
 腕を組んだまま、黙って二人の話に耳を傾けていたキトラは、ふぅ、と憂鬱そうな息を吐いた。
「お前は今、執政院の意向、と言ったが、違うな。執政院の眼鏡はそんなことは言わなかった。……これは、長、ヴィズルの意向だろう? 奴は何を企んでいる? こんなことを、いつまで続ける気だ?」
 レン達は答えない。畜生、と、キトラは毒づく。そしてカーシャの方を振り向いた。
「どうする?」
「どうするも、こうするも」
 口を尖らせてカーシャは唸る。
「いくらボク達がイヤだって言っても、あのヒト達は退いてはくれないでしょ? だったら」
 レンとツスクル、二人の刺客を真っ向から睨んで、弓矢を構える。
「やるしかないでしょ」
「思い切りが良いな」
 思わずキトラは苦笑した。変わらず無表情なツィレーネと、変わらず笑顔のシェーヴェと、変わらずあわあわしているサリナスの顔を順繰りに見遣り、頷いた。
「やるぞ」

 2対5。人数は、圧倒的にシュタールが有利。けれどもこちらはモリビトの精鋭と守護鳥を倒した直後、疲労は隠せず、攻撃にも精彩を欠いてしまう。相手に決定打を与えられない。
「甘い!」
 レンが吠える。ツィレーネとシェーヴェの攻撃をかいくぐり、カーシャが放つ矢の雨を避けきれば、そこはもう、術式起動中のキトラの真正面。
「リーダーはカーシャ君かもしれないが、作戦の要、司令塔は君だ。君さえ居なくなれば……」
 独り言のように呟きながら、レンは、手にした刃をひらめかせる。
「……連携は崩れる」
 ちん。
 場違いに軽い音と共に、刀を納める。
 一拍遅れて、キトラの左腕が、ごとりと落ちた。

「キトラぁああッ!」
 叫んだカーシャが疾風の早さで駆けつける。キトラは斬られた時のまま……術式起動の姿勢のまま、ボケっと突っ立っている。
「ちょっと……?」
 キトラの、あまりにも異様な様子に、カーシャはぐいっと肩をつかみ、ゆさゆさと揺さぶった。それでもキトラは動かない。普段の彼からは想像もつかない、ぽかんとした表情で、切り離された腕を見つめたまま。
 少しの間を置いて、ようやく、呻くように、声を漏らした。
「……あ……」
 ぶるっ、と、大きな身体に震えが走る。
「……俺の腕……、何……、なんだ、あの、色ッ……!」
 次の瞬間、彼は身体をくの字に曲げて、全身で、叫んだ。
「ぅわああああああああああああああッ!」
「ちょっ、キトラ、……!」
 そこでようやく、カーシャも気付いた。
 鋭利な刃物と卓越した技量によって、すぱりと切り離されたキトラの腕、その断面。普通の人間であれば、肉と筋と骨で構成されているはずのそれは、銀色の部品がみっしりと詰まった、……からくり仕掛けの腕、だった。
 これにはさすがのカーシャも息を飲んだ。そして。
「……バカな!」
 叫んだのはレンだった。
「人間と区別がつかないほど精巧なゴーレムなど、聞いたことがない!」
 動揺するレンを、シェーヴェの剣が襲う。虚をつかれ、まともに一太刀浴びせられて、彼女は悲鳴を上げた。素早く視線を転じれば、ツスクルをぐるぐる巻きに縛り上げたツィレーネが、こっちはOKとの合図。
 戦況は逆転した。
 よし、と頷いて、カーシャは、キトラの方に向き直る。今まで、何があっても大して動じずシュタールを導いてきた錬金術師は、残された腕で傷口を押さえてうずくまったまま、悲鳴を上げ続けている。その悲痛な声を聞きながら、カーシャは、過去の会話に思いを馳せた。

『どうしてだか知らないが、異様に重いんだ、俺の身体は』
『そうなの? 全然太っていないのに?』

 ……外見よりずっと重たい身体、術式起動の異様な速さ。何か変だな、と、気づいてはいた。けれども……。
 ゴーレム。
 からくり仕掛けの『人形』だったなんて。

 やがて、キトラの声が途絶えた。完全に嗄れてしまった喉から漏れるのは、引き攣るような息の音のみ、その様子に、苦い何かがせりあがってくるのを感じ、カーシャは自分の胸を押さえた。泣き出しそうになるのをぐっとこらえ、キトラの真っ正面に移動して、つとめて明るい声で、呼び掛ける。
「キトラ。……大丈夫、大丈夫だよ」
 まるで小さな子供に言い聞かせるかのように、背をポンポンと優しく叩くと、キトラはのろのろと顔を上げた。その表情。あらゆる感情を突き抜けて、からっぽになってしまった顔。改めて、カーシャは、キトラの身体を抱きしめた。腕の中で、キトラは、ゲホゲホと咳き込みながら、忙しない呼吸を繰り返す。
「大丈夫、落ち着いて、ゆっくりと深呼吸! ……そうそう。……うん。……どう? 少し、落ち着いた?」
 カーシャが問うと、キトラはわずかに頷いた。
「よかった。……大丈夫。全然問題ないよ。人間じゃなくても、ボクは、キトラのこと、大好きだから」
 腕の中で、キトラが、ぴくり、と震えた。
「……、……」
「うん?」
 キトラが、声にならない声で、モゴモゴと呟く。……何も、こんな時にそんな事を言わなくても……とかなんとか。
 思わずカーシャは吹き出した。
「早く帰って、腕、くっつけないと」
「……」
 キトラはそっと首を振った。 かすれた声で、無理だろ……と呟く。
「無理じゃない。大丈夫ったら大丈夫! もし、腕がくっつかなくても、大丈夫。片腕でも術式は組めるし、探索だって問題ない。色々なことが、ちょっと不便になるだけ」
  簡単に言うな。暗く呟くキトラの身体が、細かく震えだした。傷の所為で、熱が出てきている。額には脂汗が浮いて、……機械だなんて、到底、信じられない。
 ……この際、キトラが何者かだなんて、どうでもいい。
 大切なのは、絆だ。
「確かに簡単じゃないかもしれない。それでも大丈夫。根拠はないけど、どうにかなるなる!」
「……。お前……」
 キトラは呆れたように溜息をついた。
「まぁいい……。そういう、ことに、して、おく……」
 キトラを抱えるカーシャの身体に、無防備な体重が、ずしりとのしかかってきた。一瞬、嫌な予感が脳裏をかすめたが、大丈夫、気絶してるだけ。
 処置をサリナスに任せ、カーシャは、レンとツスクルの前に立つ。
 敗れた二人は顔を上げた。
 視線が、交わる。
「君たちの勝ちだ、冒険者よ。先に進むがいいさ、もう……私たちは止めやしない」
 レンは語った。 迷宮の最下層で、ヴィズルが待っているはず、そこに行けば、樹海のこと、モリビトのこと、そして、何故シュタールを倒そうとしたか、全てを語ってくれる、と。
「さぁ、行け、冒険者よ。我らに気遣いは不要だ。これを持って進むがいい」
 レンは、小さな金属片をカーシャに差し出す。
「己が正しいと信じる道を歩むが良い。まだ先は長いからな」
 そう告げると、二人は、傷ついた体を起こし樹海の奥へと歩き出す。

 彼女達の姿が見えなくなって、全員が、安堵の息を吐いた。
「今回ばかりは駄目かと思いました。いやホント、ギリギリでしたねぇ」
 シェーヴェの言葉に全員が頷く。
「今日はもう、さっさと帰ろう。早くキトラを休ませてあげないと」

 

「さっさと帰るのはいいけれど、どうやって帰りましょうか」
「え?」
「帰還の術式が使えませんからね」
「アリアドネの糸は?」
「キトラさんが帰還の術式を覚えて以来、買ってないような気がしますよ?」
「……磁石も?」
「磁石も」
「……」
「……」
「キトラさんを担いで、歩いて帰るんですかー!」
「それしかないッ! や、大丈夫、すぐそこに磁軸あるし!」
「すぐそこといっても、結構な距離ですよ! 今、この状態で、モンスターと出会ったらどうするんですか! 言っておきますけど、僕のTP、キュア1回分しかありませんよッ?」
「げ!」
「……ちょ、荷物全部ひっくり返して! もしかしたら、どこかにひょっこり入っているかも!」
「わー!」

「……結局、キトラさんの鞄の一番底から『万が一の時に使え』と書かれた糸が見つかって、なんとかなりました」
「どれだけキトラさん頼みなんですかウチのギルド……!」


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