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仕切り線1

【15*理科の時間】
地下21階の事件の一週間後。
宿屋で分析したり抱きついたり。

 レン&ツスクルとの戦いから一週間。カーシャはキトラの朝食を携えて、彼の部屋を訪れた。半ば蹴り飛ばすようにして、扉を開ける。
「おはよーさん! 朝ごはんだよー! ……って、何ソレ!」
「……あ?」
 生返事をしながら、椅子の上のキトラが振り向く。
 眠たげな目をこすりながら、もう朝か、と呟く彼の前の机には、顕微鏡やら、アルコールランプやら、様々な色の液体で満たされた試験管やら、実験道具が散乱している。
「怪我人が何やってんの! まさか徹夜?」
「……あぁ」
 キトラは、ふあぁ、と欠伸しつつ、一番右にあった試験管を手に取り明かりに透かす。黄色がかった透明な液体の底に、赤黒い物体が沈殿しているその中身に、見たことがあるようなないような、と、カーシャは首を傾げる。
「何それ」
「俺の血」
「……げ」
「もう、なぁ、我ながらビックリだ」
 軽く試験管を振りながらカーシャの方に向き直り、にやりと自嘲気味に笑う。
「……同じなんだよ」
「何が?」
「体液の成分が。人間と。まぁ、微妙な差異はあるが、ほぼ同じと言っていい。……自分の身体ながら、どういう仕組みなんだろうな? そもそも、機械なのに体液があるってのも妙な話だしな……」
 だからこそ、つい最近まで自分の正体に気づかなかった訳だが。と、半ば独り言のように呟いて、試験管を睨む。
「腹かっ捌いて解剖して中身を分析すれば、もっと詳しくわかるんだろうが。さすがにそこまでする根性は無いしな」
 ぶつぶつと呟くキトラに、カーシャは、丸パンとピクルスとベーコンとミルクが乗った盆を突き出した。
「ま、とりあえず、食べなよ」
「……そうする」
 実験道具を脇に寄せ、盆を乗せるスペースを無理矢理作る。

「あのさ」
 パンにバターを塗ってやりつつカーシャは言った。
「前に、樹海で、ゴーレムに遭遇したことがあったよね? アレとキトラが同じモノなんだったら、キトラは、樹海で生まれたってことになるのかな?」
「樹海で……というよりは、第5階層、あの滅んだ文明の産物っぽいな。……だとしたら、トシいくつなんだ俺……いよいよ人外だな」
「そのあたりのことは覚えてないの?」
 ない、と短く言って、キトラは丸パンに齧りつく。
「じゃあ、樹海探索を進めていけば、キトラ自身の謎も解けるのかな?」
「その可能性は高いな」
「じゃあ、じゃあ、今まで通りでいいんだね」
「ん?」
「今まで通り、皆と一緒に樹海に潜って、迷宮の謎を解き明かす。それでいいんだね?」
「ああ」
力強くキトラは頷く。焔色した瞳が朝日を弾いてギラリと輝いた。
「ここまで来たら、とことんやってやろう」
「やった!」
 手を叩いて大はしゃぎするカーシャに、キトラは大袈裟な、と呟く。するとカーシャは腰に手をあて、大袈裟なんかじゃないよ、と鼻を鳴らす。
「あの時のショックで『もう探索はやめる』とか『もう俺生きるのが嫌になった』とか言われたらどうしようって、正直ドキドキしてたんだから!」
「……」
 思わずキトラは、きょとんとした顔で、数回まばたきをする。
「俺が?」
「うん」
「そんな風に……今にも死にそうな顔をしていた?」
「うん」
「そうか……」
 ふぅ、と、キトラは息を吐いた。
「それは悪かったな。ま、確かに、あれはショックだったけどな……」
 呟いて、最後に残ったベーコンを齧り、もぐもぐやりつつ窓を見る。爽やかな朝。緑が眩しい。窓の外に視線を固定したまま、キトラは、ぼそりと低い声で呟いた。
「……立ち直れたのは、お前のお陰だ」
「え」
「お前がいなければ、あのまま死んでいたかもしれない」
 キトラはくるりと振り向き、カーシャの手を握って引き寄せて、ぎゅう、と抱きしめた。突然のことに、カーシャは慌てふためき、耳まで真っ赤になってしまう。
「あわわわわ、キ、キトラ?」
「ありがとう」
「わわわわわ」
「そういう訳で」
 カーシャの髪をくしゃくしゃにかき回し、額に額をごつんとぶつけて不敵に笑う。
「行くぞ。樹海へ」
「……、う、うん」
「ただし、俺はまだ本調子ではないし、片腕で術式を撃つ練習もしなきゃならん。お前らも、一週間ダラダラ過ごして身体がなまっているだろう?」
「うん。まずはリハビリだね?」
「ああ。とりあえず、今日、散歩がてら、第1階層をウロウロして様子を見よう」
「そだね。じゃ、ボク、皆にそう伝えてくる」
「頼む」
「頼まれたっ!」
 しゅたっ、と子猫のように立ち上がり、空っぽになった盆を引っ掴むと、カーシャは一目散に駆け出していった。その様子を見送って、思わずキトラはくっくっと笑った。
「あーあ。本当に、面白い奴……」


仕切り線2
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