故郷。
自分が生まれ育った場所。
ヒトはそこを想う時、何かしらの感慨をもつものらしい。
けれども、自分は。
探索行の最後尾で、キトラはわずかに目を伏せた。
灰色の建築物が、森のように乱立する第5階層。白い樹の根と枝によって蹂躙された遺都は「死」そのもののよう。不気味に静かで冷ややかで、ある意味、ひどく、穏やかだった。
ここへ来るのは二度目。一度目は刺客の襲撃を受けてすぐに撤退したから、実質的には、今回が初めてといっていい。
改めて、キトラは周囲を見渡した。
灰色の『箱』の内部は、殺風景で、色彩に乏しい。
……ここが。
こんな場所が。
俺の、故郷なのか。
……はっきり言って、何の感慨もわかなかった。
それは、故郷の記憶が無いからか、それとも、自分がヒトでないせいか。
「……」
半ば無意識に、左肩を撫でる。
このうら寂しい灰色の遺都は、なるほど、機械人形である自分の故郷に相応しいのかもしれない。
そう、自分は、人間ではない。それどころか、生き物ですらないのだ。
……生き物ですら。
そこまで考えて、キトラはぞくりと身を震わせた。
療養中に、考えに考えて、それでも答えの出なかった問いがあった。いくら考えてもわからないのだから、考えるのはよそうと決めたのに、それでも、ふとした時に、考えてしまう。
ヒトの手で造られたモノである以上、この思考も、誰かに造られたものなのではないか? 今、こうして考えていることも、誰かが組んだ術式に則ったもので、自分はそれをなぞっているだけ……にすぎないのでは?
だとしたら……。
「……ラ……。……、キトラ!」
「!」
はっと顔を上げると、仲間達が、じっとこちらをみつめていた。
「……あ」
しまった、と思う間もなく。
「うわわゎわ! 顔、真っ青ですよ、キトラさん!」
眉を八の字にしたサリナスが、鞄から鎮痛剤やら何やらを取り出しながら、おろおろと叫んだ。
「もしかして、傷、まだ痛みますか? やっぱり、もう少し休養してから来た方がよかったんじゃあ」
なぜそんなことを訊く? そう尋ねようとして、キトラは気付いた。左腕のあった場所を、ガントレットの指が、ぎり、と軋むほど強く握りしめていたことに。
半ば硬直している指を一本一本引きはがすようにして離し、キトラは、ゆっくりと首を振った。
「……悪い。少し……考え事をしていた」
「仕方ありませんよ」
状況が状況ですからね、と、シェーヴェは頷いた。
「けれど、だからこそ、気を抜いちゃいけませんよ、キトラさん」
「わかっている」
「でも、今日はもう、やめたほうがいいかも」
周囲を油断なく見回しながら、カーシャは言う。
「前に来た時以上に、手強い敵の気配でビリビリしてるもの。空気がぴんと張りつめて、息をするのもしんどいくらいだよ」
「そ、そうなんですか? そんなにヤバい雰囲気なんですか?」
ヒイィ、と悲鳴を上げるサリナスに、カーシャは真剣に頷いて、アリアドネの糸を手に持った。
「うん。だから、今日はもう帰ろう。いいね?」
「カーシャさんが、そうおっしゃるのなら」
「僕もいいですよ。帰りましょう帰りましょう!」
「……」
キトラは、しばし厳しい表情でカーシャを見つめ……、ふぅ、と深く息を吐いた。
「……まったく。妙なところで鋭い……」
「なにが?」
首を傾げるカーシャに、なんでもない、と背を向ける。
「? まぁいいや。帰るよ!」
カーシャの声と共に、糸の不思議な力が働いた。空間跳躍の時に生まれる、不可思議な感覚に身を委ねながら、キトラはぽつりと呟いた。
「俺もまだまだだ青いな……」 |