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仕切り線1

【16*故郷】
地下21階攻略中。
例の事件以来、 初めて
踏み込んだこの場所で思うこと。

 故郷。
 自分が生まれ育った場所。
 ヒトはそこを想う時、何かしらの感慨をもつものらしい。
 けれども、自分は。
 探索行の最後尾で、キトラはわずかに目を伏せた。

 灰色の建築物が、森のように乱立する第5階層。白い樹の根と枝によって蹂躙された遺都は「死」そのもののよう。不気味に静かで冷ややかで、ある意味、ひどく、穏やかだった。
 ここへ来るのは二度目。一度目は刺客の襲撃を受けてすぐに撤退したから、実質的には、今回が初めてといっていい。
 改めて、キトラは周囲を見渡した。
 灰色の『箱』の内部は、殺風景で、色彩に乏しい。
 ……ここが。
 こんな場所が。
 俺の、故郷なのか。
 ……はっきり言って、何の感慨もわかなかった。
 それは、故郷の記憶が無いからか、それとも、自分がヒトでないせいか。
「……」
 半ば無意識に、左肩を撫でる。
 このうら寂しい灰色の遺都は、なるほど、機械人形である自分の故郷に相応しいのかもしれない。
 そう、自分は、人間ではない。それどころか、生き物ですらないのだ。
 ……生き物ですら。
 そこまで考えて、キトラはぞくりと身を震わせた。
 療養中に、考えに考えて、それでも答えの出なかった問いがあった。いくら考えてもわからないのだから、考えるのはよそうと決めたのに、それでも、ふとした時に、考えてしまう。
 ヒトの手で造られたモノである以上、この思考も、誰かに造られたものなのではないか? 今、こうして考えていることも、誰かが組んだ術式に則ったもので、自分はそれをなぞっているだけ……にすぎないのでは?
 だとしたら……。
「……ラ……。……、キトラ!」
「!」
 はっと顔を上げると、仲間達が、じっとこちらをみつめていた。
「……あ」
 しまった、と思う間もなく。
「うわわゎわ! 顔、真っ青ですよ、キトラさん!」
 眉を八の字にしたサリナスが、鞄から鎮痛剤やら何やらを取り出しながら、おろおろと叫んだ。
「もしかして、傷、まだ痛みますか? やっぱり、もう少し休養してから来た方がよかったんじゃあ」
 なぜそんなことを訊く? そう尋ねようとして、キトラは気付いた。左腕のあった場所を、ガントレットの指が、ぎり、と軋むほど強く握りしめていたことに。
 半ば硬直している指を一本一本引きはがすようにして離し、キトラは、ゆっくりと首を振った。
「……悪い。少し……考え事をしていた」
「仕方ありませんよ」
 状況が状況ですからね、と、シェーヴェは頷いた。
「けれど、だからこそ、気を抜いちゃいけませんよ、キトラさん」
「わかっている」
「でも、今日はもう、やめたほうがいいかも」
 周囲を油断なく見回しながら、カーシャは言う。
「前に来た時以上に、手強い敵の気配でビリビリしてるもの。空気がぴんと張りつめて、息をするのもしんどいくらいだよ」
「そ、そうなんですか? そんなにヤバい雰囲気なんですか?」
 ヒイィ、と悲鳴を上げるサリナスに、カーシャは真剣に頷いて、アリアドネの糸を手に持った。
「うん。だから、今日はもう帰ろう。いいね?」
「カーシャさんが、そうおっしゃるのなら」
「僕もいいですよ。帰りましょう帰りましょう!」
「……」
 キトラは、しばし厳しい表情でカーシャを見つめ……、ふぅ、と深く息を吐いた。
「……まったく。妙なところで鋭い……」
「なにが?」
 首を傾げるカーシャに、なんでもない、と背を向ける。
「? まぁいいや。帰るよ!」
 カーシャの声と共に、糸の不思議な力が働いた。空間跳躍の時に生まれる、不可思議な感覚に身を委ねながら、キトラはぽつりと呟いた。
「俺もまだまだだ青いな……」


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