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仕切り線1

【17*膝の上】
地下23階探索中。
朝ご飯を食べた後の日課の話。

※補足:最初に物語を書いた時は、このエピソードが「01」でした。

 樹海を探索する冒険者ギルドのひとつ・シュタールは、エトリアの街ではその名を知らぬ者のない有名ギルドである。

 特筆すべきはそのメンバー。
 探索メンバーは、頻繁に入れ替わるのが普通である。
 けれども、シュタールのメンバーは、結成当時から変わっていない。
 樹海探索はもちろん、宿で食事をとる際も、よほどの理由がない限り、全員揃って「いただきます」とやるのは、シュタール結成以来遵守されてきた鋼の掟である。
 逆に、食後の自由時間は、全員バラバラ、別行動であることが多い。

 錬金術師キトラの場合、窓際のテーブルで本を読むのが、ほぼ日課になっている。
 とある戦いで左腕を失って以来、読書は、少し面倒な作業になってしまった。
 本を支えにくい、ページがめくりにくい、ということもあるけれども、それ以上に悩ましい問題がひとつ。
 彼は、膝の上に、重石を抱えていた。

「あのな……」
 不機嫌の具現化のような顔をしてキトラが低く呟くと、重石は「なぁに?」と返事をした。
「飯が終わるなり、俺の膝の上に乗るのは止めろ。読み辛くてかなわん」
 重石の名はカーシャ。ぱっちり大きな紫の瞳と、癖のある赤毛が印象的な、ちんまりと幼い少女。しかしてその正体は、獣並みのカンを備えた凄腕レンジャーにしてシュタールのリーダーである。
 小柄であるとはいえ、人ひとりを膝に乗せて本を読むのは骨折りだ。けれどもカーシャは頓着しない。花が咲くように笑って「じゃ、ボクが本を持ったげる。読み終わったら言ってね、ページめくるから」などと無邪気に言うのだ。思わずキトラは眉間の皺を深める。
「馬鹿。鬱陶しいだけだ。さっさと退け」
「やだ」
「また雷を落とされたいのか?」
「それも嫌だなー」
「……」
 不毛な説得を続けるよりも、読書を続行した方が良い。そう判断したキトラは、眉間に深い皺を刻んだまま、黙って文字列を追い始める。
 やがて、沈黙の重さに我慢できなくなったカーシャが、ねーぇ、と呼びかける。
「本ってさぁ、面白い?」
「とっても面白い」
「ボクはつまんない。キトラと一緒に読んだら面白いかなぁと思ったけど、やっぱりつまんなーい。こんな難しいヤツじゃなくてさ、も少し簡単で読みやすいヤツにしない?」
「そう思うなら、そういう本を自分で選んで、一人で読め。読書とはそういうものだ」
「そんなの、もっとつまんなーい」
「……。ああもうイライラするッ! お前な、いい加減に……」
「や、盛り上がっているところ、すみませんが」
 明朗な声と共に、ぽろろん、と、弦楽器が鳴らされる。
 振り向けば、にこにこ笑顔でリュートを構える吟遊詩人の姿。
 整った顔の詩人はすらりと細身で、女性と見間違えそうな、柔らかな風貌をしている。けれども腰には長剣を帯び、背には頑丈なバックパックを負っている。典型的な冒険者スタイルである。
 そんな彼の後ろには、白髪のダークハンターと、眼鏡をかけたメディックの姿。樹海探索の準備を整え終わったシュタールのメンバーが揃っていた。
「そろそろ探索へ向かうお時間ですよ。今日は、第5階層の、未探索地域まで潜るんですよね?」
 吟遊詩人はニコヤカに笑んで、壁掛け時計を指し示す。視線を走らせると、時計の針は、約束の時間の10分前。午前6時50分。
「……くそッ! この本、今朝中に読破するつもりだったのに!」
 ばたん! 叩きつけるようにして本を閉じ、立ち上がる。重力に従いカーシャが転がり落ちるが、気にしない。
「準備する。9分待て」
 ずかずかと大股に歩き去るキトラに、ちぇー、とカーシャは唇を尖らせる。
「ホント、気ィ短いんだから!」
「や、あれでも随分長くなりましたよ」
 吟遊詩人は笑ってカーシャの肩を叩く。
「さ、カーシャさんも準備していらっしゃい。9分以内に来なかったら、また、どやされますよ」
「はーい」
 カーシャは、ぴょんと跳ねるようにして立ち上がると、軽快な足音を残して部屋へと戻っていった。
 その背を明るい笑顔で見送って、吟遊詩人……シェーヴェは、微笑ましいですねぇ、とリュートを爪弾く。
「約束の時間まであと8分、ぼんやり待つには長い時間です。さらっと一曲、やりましょうかね」


仕切り線2
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