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仕切り線1

【20*野外音楽会2】
地下24階探索中。
シェーヴェとカラト兄の会話、第2弾。
ネタバレ成分&独自解釈が多いのでご注意!

 冒険者ギルド・シュタールの休養日。吟遊詩人のシェーヴェは、林の中で、曲の練習をしていた。そこへふらりとやってくる長い人影。彼に向かってシェーヴェは手を振り、にこやかに呼びかける。
「や。こんにちは、カラトさん」
 こうして会うのは何度目だろうか。カラトは、いつものように無表情に頷いて、シェーヴェの傍らに腰を下ろした。が……。
 違和感に、シェーヴェは首を傾げた。カラトの表情が、妙に暗い。
 カラトはいつも暗い顔をしているが、今日は、それが酷いようだ。
「カラトさん? 何かあったんですか?」
「……お前は」
 呟いて、カラトは顔を上げた。真紅の瞳が、まっすぐにシェーヴェを射る。
「シュタールのメンバー、だそうだな……?」
「そうですよ?」
「第5階層まで辿り着いたとか」
「はい」
「レンとツスクルを倒した、とも聞いた」
「その通りです」
 シェーヴェは笑顔を崩さない。
 レンとツスクルは熟練の冒険者で、未熟な冒険者達のサポートのために執政院が雇った者……ということになっている。しかしてその実態は、樹海の秘密に近づいた者を抹殺する暗殺者である。樹海の奥深くに踏み込んだシュタールは、彼らの襲撃を受け、逆に彼女らを退けてしまった。
 このことを、シュタールのメンバー達は、一切口外していない。なのにカラトは、そのことを知っていた。
 それでもシェーヴェは、にこにこと笑んだままだ。カラトは怪訝そうに瞬きをした。
「……驚かないのか」
「まぁ、薄々、予想はしてましたから。そして、キトラさんの正体がわかった今、あなたの正体も、大体わかりました。あなたは、樹海の秘密を守る為に作られた機械人間、ゴーレムなのですね?」
「……」
 カラトは否定も肯定もしなかった。ただ、じっと、シェーヴェの顔を見つめている。
「おそらく、キトラさんも、そうして作られたゴーレムの一体だったのでしょう。けれども、何らかの事情があって記憶を失い、自分の正体も忘れて、冒険者として樹海に挑む側になった……」
「……」
「カラトさん。あなたは、レンさんやツスクルさんと同じように、樹海の秘密に近づく冒険者を、何人も処分してきたのですね?」
「……、だったら、どうする? 俺と……戦うか?」
「ん~。そうですね。カラトさんの方から襲ってきたら戦いますし、必要とあらば、再起不能になるまで徹底的に叩きます。けれど、私からは仕掛けません」
「……」
 カラトは呆れたように溜息をついた。
「さすが、というべきか……」
「ありがとうございます」
「……今のところ、俺に、シュタールの、処分命令は出されていない」
「そうですか。安心しました」
「それと、もうひとつ……」
「?」
「……俺も、キトラも、崩壊寸前の前世界を支える為に作られたのであって、樹海の為に作られた訳ではない……」
「そうなんですか?」
「……それに。……確かに俺達は、長によって造られた、同型のゴーレム……いわば双子だ。しかし、まったく同じというわけではない。……キトラは最初、きちんとまともに動かない、不良品だった」
「不良品……」
 それは意外ですね、と呟くシェーヴェに、うん、とカラトは頷いて、視線を外した。シェーヴェの曲を聴く時のように、膝を抱えて地面に座り、俯いたまま、ボソボソと喋り始めた。
「……俺と、同じように造られたのに……、あいつは、原因不明の不具合で、うまく作動しなかった。長は必死に努力したけれども、キトラを修理することは、できなかった。やがて、長は世界樹システムの仕事にかかりきりになり、キトラはそのまま研究所の片隅に放置され……ある日、不燃ゴミとして、処分されることになった」
「……」
「回収業者がやってくる前日に、長の……先輩にあたる博士が、研究所へやってきた。定年退職をして、生まれ故郷に戻るから、その挨拶に来たのだと……。その時に、博士はキトラを見つけ、捨てるくらいなら私にくれと申し出た……」
「それでキトラさんは処分されずに済んだ訳ですか。なんだか、凄い偶然ですね」
「……その後、博士は、動かなかったキトラを完璧に修理した。それだけでなく、大容量のメモリを乗せ、緻密な感情プログラムを組んで、普通の人間とまったく区別がつかないほど高性能なゴーレムへと改造してしまった。……そう……、今度は逆に、俺が、不良品に見えてしまうほどに……。俺は、その博士のことを、よくは知らないが……凄い人物だったのだろうな、とは思う……」
 確かに。キトラの、ギルドを管理し、戦闘作戦を練り、確実に成果を得る手腕を考えれば、その礎を築いた博士の腕前、推して知るべし、である。
「……キトラは博士と共に田舎へ行き、俺は長の元に残った……そして……」
 言ってカラトは自分の両手を見つめた。使い込まれたガントレットに覆われた、鋼の両手を。
「……世界樹が起動してから、長は変わった……。俺の任務も大幅に変更された。錬金術を習得し、たくさんの……本当にたくさんの人間を殺してきた……。本当は、そんなことのために、造られたのではないのに」
「それでも、あなたにとって、長の命令は、絶対的なものなんですね」
 こくりとカラトは頷いた。
「……カラトさん。私は、あなたに何回かお会いして……あなたのことを、私なりに、理解しようとしてきました。……あなたは、人間と仲良くしたい、コミュニケーション能力を磨きたい、けれどもそれは許されていないと、嘆いていらっしゃいましたね? そのような状況にあるのは、相当に苦しかったはずです」
「……」
「私達は、現在、地下24階まで進んでいます。私達が長のいる場所に辿り着き、あなたが苦しみから解放される日も、そう遠いことではないでしょう。……そうして長の呪縛から逃れることができたら、あなたは、どうされるおつもりですか?」
「……わからない」
 茫洋と、カラトは呟いた。
「長の命令がなくとも、生きてはいける。けれども、きっと、毎日をどう過ごせばいいのか、わからなくなる……」
「だったら」
 シェーヴェは、そっと、カラトの手を取った。
「シュタールへ来ませんか?」
「え……」
「ずっと考えていたんです。カラトさんって、見た目はずいぶん大人なのに、中身はとても純粋で、子供っぽくって、一般常識が抜け落ちてて、危なっかしいから。何かとんでもないことになる前に、うちへ連れてきた方がいいんじゃないかって」
「……」
 カラトは、ぽかんとした顔で、シェーヴェを見つめた。シェーヴェもまた、しっかりと、カラトの顔を覗き込んだ。
「それに、キトラさん、自分が人間じゃないと知って、少なからずショックを受けてますからね。カーシャさんとカラトさん、お二人がそばにいる方が、キトラさんにとってもいいと思うんです」
「いや、でも、しかし……」
 困り果てた顔で、カラトは言った。
「シュタールは、樹海を探索するためのギルドだろう? 樹海を完全に踏破したら、解散するのでは……」
「それについては心配ご無用です。これはさる筋からの最新極秘情報なんですけど、今度、北方で、新たな迷宮が発見されたそうですから。しばらくは解散などしませんよ」
「……」
「いますぐに答えを出せとは言いません。けれども、しっかり考えておいてくださいね?」
 カラトの手を握りしめ、ウィンクひとつ。
 そしてシェーヴェは手を離し、楽器を手に取った。
「それじゃ、始めるとしましょうか」
 弦が弾かれ、明るい旋律が流れ出す。
 カラトは、いつものように膝を抱え、おとなしく、音楽に耳を傾けた。


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