デグネコ本舗タイトル
 indextop世界樹の迷宮top世界樹の迷宮の物語 > 21
仕切り線1

【21*クリスマスケーキ】
地下24階探索中。
シュタールに誘われた後のカラト兄の話。
オカメグさんとのコラボです!

 錬金術師カラトは、少々変わった経歴の持ち主である。
 そもそも、出自からして人間ではない。前世界で人間に替わる労働力として開発された、精巧なゴーレムである。現在は、執政院の長の命令で、樹海の保持と、長の意にそぐわぬ者の抹殺を行っている。
 その役割上、彼は、必要以上に人間と接触することを禁じられている。自身と同じような役割を担っているレンとツスクルでさえ、面識はない。
 そのことについて、カラトは、特に文句は言わなかった。なぜなら、彼にとって長の命令は絶対服従、何よりも優先すべきものであったから。冒険者を殺して来いと言われれば、粛々とそれに従うだけだ。
 けれども。
 もともと、人間の役に立つようにと造られたゴーレムであるから、人間を見れば、仲良くしたい、何らかの手伝いをしたい、と思うのは、彼の本能のようなもの。だから。
「シュタールへ来ませんか?」
 ひょんなことで知り合った吟遊詩人・シェーヴェに言われた一言は、彼を激しく揺さぶった。
 シュタールのことは知っている。今、最も樹海の真実に近い場所にいる冒険者ギルドだ。レンとツスクルの襲撃すら退けて、彼らは、樹海の中枢にあと一歩のところまで迫っている。
 そのギルド所属の吟遊詩人に「仲間になりませんか」と誘われたのだ。本来ならば「何を馬鹿なことを」と術式のひとつでも見舞うのが筋だろうが、それはできなかった。なぜなら、シュタールには、彼が欲しいと思っている、様々なものがあったから。
 カラトは音楽が好きだ。
 吟遊詩人が語る、見知らぬ世界の話が好きだ。
 街で時折見かけるシュタールのメンバーが、楽しそうに談笑している様を眺めるのが好きだ。
 そして何より、シュタールの司令塔たる錬金術師、キトラの存在が。
 キトラはカラトの同類だ。同じ時期に、同じ目的で、同じ容姿で造られたゴーレム。この世にただひとりの同胞。
 とうの昔にいなくなっていたと思っていた彼が、この時代まで生き残っていたことが嬉しかった。たとえ彼が、過去の一切を忘れ、己の正体も、カラトの存在も、すべてすっかり忘れてしまっていても。自分と同じ種類の者がいる、それだけでも十分だと、そう、思えたのに。
 キトラがいるギルドに、自分も入れるかもしれない。こんなに嬉しいことはない。
 おそらく、シュタールは、近いうちに長と出会い、長を倒すだろう。そうすれば、カラトを律するものは消えてなくなる。シュタール参入への障碍は何もない。……それでもカラトは恐ろしかった。主を裏切ることに対する本能的な恐怖。それだけはできない。なぜなら彼は「そういう風に造られている」のだから。
 ……どうすればいい……。
 ぐるぐると悩んでいる間に、足は、半ば自動的に、馴染みの店へと向かっていた。
 人間との過剰な接触を禁じられている彼が、それでも通ってしまうほど、美味しいお菓子と、情に厚い人々の揃う店。
 禁止されている手前、しょっちゅう行っている訳ではないが、それでもそれなりの回数は通っている。なのに、今日、店先のショーケースに並べられていたケーキは、見たことのないものだった。
 スポンジケーキにホイップクリームを塗ったもので、上面には、苺や砂糖細工の人形や、ウエハースで作った家が乗っている。手前に置かれたプレートには「クリスマスケーキ、ご予約承り中!」の文字が賑やかに躍っていて、そのケーキが特別なものであると知れた。
「クリスマス……ケーキ……」
 カラトがショーケースに貼りついていると、扉が開いて、店員がひょっこり顔を出した。
「貴殿、そこで何をしている」
 問われてカラトは店員の顔を見た。金髪で顔の右半分を隠した若い男。知らない顔だったが、ともあれ状況を説明する。
「新しいケーキを見ていた……。この、……クリスマスケーキ、というものを、初めて見たのだが……これは、何だ……?」
「うむ。これか。このケーキが珍しいとは、えらく珍妙な客だな」
 店員は、ショーケースからケーキを取り出して、カラトの目の前に置いた。
「これは季節商品というものだ。私も、この世界へと出て来て、初めて知った」
「……?」
 首を傾げるカラトに、店員は続けた。
「人間とは、時節に沿った食べ物や飾り物を嗜むという、面白い性質があるそうだな? これは『クリスマス』という時期に食す特別なケーキだそうだ。今の季節にしか出回らない代物でな、この時期にしか口に出来ない。こういったホールのケーキを持ち寄って騒ぐイベントが、近々やってくるらしい。その為の予約も承っている」
「ほう……」
 もしかして、この男も、人間ではないのだろうか。それはそれで気になるが、カラトには、もっと気になることがあった。
「この時期にしか口に出来ない、ということは……、逆に言えば、この時期になれば、毎年食べられる……ということか……?」
「うむ。確か12月の25日。誰かの生誕記念日なのだそうだが、現在は
そういった意味合いは関係なく、単に『聖夜』として盛り上がる日だと聞いている」
「そうなのか……」
 毎年行われているイベントを自分が知らないということは、その部分の記憶は、長によって消された可能性が高い。カラトは暗い気分になったが、クリスマス自体はとても楽しいものであるようだ。そのイベントについて詳しく教えてほしいと頼むと、店員は微笑し頷いた。
「その前日の24日、クリスマス・イブにケーキを作り、皆で持ち寄ってパーティーを開く。ひとしきり騒いだ後、ベッドの縁に靴下を下げておくと、寝静まった頃に『サンタクロース』という人物がやって来て、先の靴下や枕元にプレゼントを置いて行ってくれるのだそうだ」
「 ……何? 靴下……? サンタクロース……。そんな人物がいるのか……。是非一度、会ってみたいな……」
「うむ。私も会ったことはない。……ちなみに、これがサンタクロースだ」
 言って店員は、ケーキの上の砂糖細工を指し示した。赤い帽子、赤い服を身につけた恰幅の良い老人が、大きな袋を背負っている。
「このように、プレゼントが沢山入った白い袋を幾つも抱えて、空飛ぶソリに乗って移動をするのだそうだ」
「ソリが……空を……」
 カラトは首を傾げた。
「……どうやって飛ぶのだろう……ヘリや飛行機とは違うようだし……
しかも、そんな便利なものが開発されているのなら、もっと広く普及していてもよさそうなものなのに……。
 ……はっ、そうか、カードキーの使用が一部の者にしか認められていないように、空飛ぶソリも、サンタクロースの秘密結社が管理しているに違いない……! そしてサンタクロース達は、年に一度、クリスマスの夜にだけ、巷の人間達との接触を許されていて、その喜びの印にプレゼントを置いていくのだな……なるほど……。人間社会はややこしいな……」
 勝手に喋って勝手に納得したカラトに、店員は「うむ。人間社会は摩訶不思議で複雑な事柄も多いが、中々に楽しいものだぞ」と、ひどく真面目に頷いた。
「それにしても、……ひみつけっしゃ? ……うむ、貴殿も、私には理解できない様々な事柄を知っているようだな。同じアルケミストでもあるし、中々興味深い。この店の常連のようでもあるし、貴殿とは一度、ゆっくりと話をしてみたいものだ。所属ギルドの話なども、是非聞いてみたい」
 言われてカラトは重い息を吐いた。
「俺は、ギルドには所属していない……。いつもひとりで行動しているのだが……、最近、とあるギルドに入らないかと誘われていて……悩んでいる……」
「そうか。私は、人間社会に入って日も浅く、アルケミストとしての腕も平凡だ。そのような私にも、声をかけ、仲間として共に歩んでくれる者がいる。同じように、貴殿を、仲間として受け入れようと試みている者がいるのは、良い事なのではないか? 少なくとも、誘いをかけている者は、貴殿を理解しようとしているということだからな」
「……」
 カラトは俯いて、マフラーに顔を埋めた。
「俺は、ずっとひとりだったから……仲間に誘ってくれるのは嬉しい……。日々を、大勢で賑やかに過ごしてみたいという願望もある……。けれど、俺には主がいる。俺にとって、主の命令は絶対だ。俺がギルドに所属したいと言ったら、きっと、主は反対するだろう……。……俺は……」
 口を閉ざしたカラトに、店員は、ふふ、と柔らかな微笑を浮かべ、クリスマスケーキを指し示した。
「最終的な判断は、当然貴殿が行うものだが……こういったケーキを、大勢で切り分けて食べるのも、中々楽しいものだぞ」
「……ケーキを……大勢で……」

 その日、カラトは、クリスマスケーキを予約し、ついでにキャラメルソースのタルトをひとつ、買って帰った。
  部屋に戻り、湯を沸かし、茶を入れて、フォークを用意する。テーブルを拭き、椅子に座って、箱に入ったケーキを取り出して、皿に乗せる。
「……」
 いつもなら、さっさと食べてしまえる量なのだが、今日はあまり食が進まない。結局、4分の1ほど食べたところで手を止めて、寝る準備に取りかかった。


仕切り線2
indexに戻るtopに戻る
世界樹の迷宮topに戻る世界樹の迷宮の物語のtopに戻る
仕切り線4