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仕切り線1

【22*タンバリン】
地下24階探索中。
シュタールに誘われた後のカラト兄の話。
オカメグさん&星野さんとのコラボです。

 錬金術師カラトは、必要以上に人間と接触することを禁じられている。 ……のだが、それでもついつい通ってしまう程、お気に入りの喫茶店が一軒ある。店員は気のいい人々が揃っているし、なにより、デザートが美味いのがいい。

 カラトは甘い物に目がない。何故かというと、主である執政院の長が、甘い物嫌いだから、である。
 かつてエトリアが新宿だった頃、お中元やお歳暮といった贈答シーズンになると送られてくる大量のお菓子に辟易したヴィズルが、カラトに甘党プログラムを載せた。以来、カラトは無類の甘党になった。
 人間の好き嫌いとは少し違うけれども、それでもカラトが甘い物を食べるのが好きで、しかも尋常でない量をぺろりと平らげるという事実には変わりない。

 喫茶店の店員(今日はデザート担当の青年メディックが出ていた)は、カラトの顔を見るなり「今日はいちじくのタルトとヨーグルトケーキがホールで用意できるぜ!」と満面の笑みで言ってきた。
 うきうきといちじくのタルトを注文し、どこの席に座ろうかと店内を見回すと、桃色の髪の少女が手を振って、こっちこっち、と手招きをしているのが見えた。
 カラトが隣に座ると、少女はにこりと笑みを浮かべ、手を叩いて喜んだ。遠い異国の生まれらしい彼女は、エトリアの言葉を話すことはできないが、こちらが言っている内容はだいたい理解できるらしく、コミュニケーションには苦労しない。むしろ、喋るのが苦手なカラトにとっては、気負わずに接することのできる貴重な存在である。
 彼女の目の前には、金魚鉢を思わせるガラス容器が置いてある。どうやら、いっぱいにアイスクリームが盛ってあったようだが、もうほとんど空っぽだ。彼女もまた、カラトに負けないくらいの甘党なのだった。
 店員は「この二人が揃ったんなら、今日のデザートは完売するかもなァ」と満面の笑みを浮かべつつ、カウンターの奥へ歩いて行った。
 カラトは、渡されたおしぼりで手を拭きつつ、少女に話しかけた。
「……。元気だったか?」
 こくり。
「……ギルドの仲間も、元気にやっているか」
 こくり。
「……冒険は、順調か?」
 こくり。
 ……ここまで話しかけたところで、カラトは、金魚鉢の横に置いてある、見慣れぬ物体に気がついた。大きさは、掌を広げたくらいだろうか。木材を輪状に整形したもので、側面には数カ所穴が空いていて、金属製の円盤のようなものがはめこまれている。それが、ふたつ。
「……これは、何だ?」
 すると少女は鳶色の目を瞬いた。これ?と物体を手に持ち軽く振ると、金属の円盤が触れ合って、しゃらしゃらんと音がした。
「……、楽器か?」
 こくり。頷いて、少女はカラトにひとつ、手渡した。
「……」
 見よう見まねで振ってみると、しゃんしゃんしゃん、意外と賑やかな音がする。驚いたカラトは楽器をカウンターに置いた。
「……なんだか、凄いな」
 少女は不思議そうに首を傾げ、カラトと楽器を交互に見つめていたが、すぐににっこり笑顔になると、大きく息を吸い、歌を歌い始めた。歌詞は……言葉の意味はわからないが、楽しく賑やかで、気分の高揚する明るい歌。彼女は歌いながらカラトに楽器を握らせ、手を取って、楽器の使い方を教え、やってみて! と促すような仕草をした。
 思わずカラトは眉をひそめた。カラトは音楽に馴染みがない。最近になって、シュタールの吟遊詩人の演奏を聴くようになったけれども、自分で音楽をやったことなど、一度もない。
 それでも少女は繰り返し促す。難しい顔をしながらもカラトは楽器を叩き、しゃん、しゃん、とリズムを取った。
 やがて、歌が終わると、タルトを持って戻ってきた店員が、盛んに拍手をしてくれた。
「なんだよなんだよ、やるじゃん、二人とも! お嬢ちゃんは、まぁ、本職だからさ、当然っちゃあ当然だけど……お兄さん、アンタ、意外とリズム感あるんだなぁ」
「……?」
 戸惑うカラトに、少女はうんうんと頷いてみせる。そしてカラトに、楽器をぐいぐいと押しつけるような仕草をする。
「……???」
「そのタンバリン、あげる、って言ってるんじゃねぇか?」
 店員の言葉に、少女は頷く。カラトは慌ててしまった。
「し、しかし、俺は、音楽は、あまり……」
 カラトの言葉を遮るように、少女は首を振った。リュートを弾くような仕草をし、それにあわせてタンバリンを叩いてみせる。すると店員は、ははぁ、と意味ありげに頷いた。
「なるほどなぁ。……お兄さん、今、シュタールに入らないかって誘われてるだろ?」
「……は?」
 思わず声がひっくり返る。それは事実なのだが、なぜそんな話になったのだろう。頭の中が「?」でいっぱいのカラトに、店員は、やっぱりなぁ、と屈託なく笑う。
「お嬢ちゃんはさ、お兄さんがシュタールに入ったら、この楽器……タンバリン使って楽しく仲良くやってくれって、そう言ってんのさ」
 こくり。少女は笑顔で頷いた。
 何故彼らがそんなことを知っているのかとカラトは疑問に思ったが、この店には、シュタールのメンバーも来ているのだということを思い出した。彼らが何かの折に「今、こんな人を仲間に誘っててね」などと喋った可能性は高い。それはわかる。けれども、なぜ、直接関係のない店員や少女が、シュタール参入を促すような真似をするのだろうか。そう問いかけると、店員と少女は笑って顔を見合わせた。
「そりゃあ、なぁ?」
 こくり。
「お兄さんがシュタールに入った方がいいって思うからだよ」
 こくり。
「なんかさ、お兄さん、いろいろややこしい事情持ちみたいだけど……その事情がどんなものかは全然知らないで言っちゃうけどよ……今のままでいるよりか、絶対、シュタールに入った方がいいと思うんだよな」
 こくり。
「お兄さん、この店に初めて来た時のこと、覚えてるか? あの頃のお兄さん、今よりもずっと無表情で、とっつきにくいオーラ発してたぜ? ここへ来て、ちょっとずつだけど、いろいろ喋るようになって、いい雰囲気になってきたよな。そんな風にさ、シュタールに入れば、もっといい雰囲気になれると思うんだよ」
 こくり。
「シュタールの人達、ここへはよく来るんだけどさ、いいヒト達だぜ? まぁ、問題が全然ないかっつーとそうじゃないけどよ、それはどこのギルド行ったって同じだしさ。……少なくとも、スキンシップしただけで半殺しの目に遭うような組織にいるよりかは、相当マシだと思うぜ?」
 こくり。
「……シュタールの……メンバーに……」
 呻くように、カラトは言った。
 ……わかっている。今の状態のままいても仕方ないということは。カラトがうじうじ迷っている間に、シュタールは長を倒すだろう。選択肢などない。だからといって、あっさり鞍替えできるほど、ゴーレムの『最優先事項』は軽くない。
 胸が詰まったような感じがして、呼吸ひとつするにも、ひどく苦しい。
「……おい? 大丈夫か? 顔、真っ青だぜ?」
 視線を彷徨わせれば、心配そうにこちらを見つめる、店員と少女の顔が目に入った。
「……」
 カラトは黙って首を振ると、額の汗を拭った。今は少し、考える時間が欲しい。そう言うと、二人は黙って頷いた。
「悪い……帰る……」
 低く呟いて、席を立つ。その際、色鮮やかなタンバリンが目に入った。
 生きていく上で、絶対に必要なものではない。けれども、これがあれば、不器用な自分でも、音楽の輪に入ることができる……そう思った瞬間、カラトの手は、タンバリンに伸びていた。
「これも……とりあえず、借りておく……」
 すると少女はうん、と頷き、頑張ってねと言わんばかりにカラトの背を軽く撫でた。その感触に、促されるように。
「できれば……前向きに……考えたいと思う……」
 ……その瞬間、店員と少女が顔を見合わせ、うんうん、と満足そうに頷くのが見えた。……自分がシュタールに入るのが、そんなにも嬉しいものだろうか? 疑問に思いつつも、カラトは、タンバリンを胸に抱えて店を出た。


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