しゃん、しゃん、……しゃん。
「……?」
シュタールの吟遊詩人シェーヴェは、いつもの練習場所にもうすぐ到着、というところで足を止め、首を傾げた。
木々の間から、しゃん、しゃん、と聞こえてくる、あの音は。
(タンバリン……)
おそらくは初心者なのだろう、その演奏は、かなりたどたどしい。
いや、どちらかといえば、考え事をしながら、心ここにあらずの状態で、なんとなく叩いている……といった風だ。
足を進めると、切り株の上で膝を抱えて座るカラトの姿が見えた。
印象的な真紅の瞳は、前を向いてはいるものの、特定の何かを見ている訳ではないようだ。ただぼんやりとどこかを眺めていて、時折、思い出したように手を動かしてタンバリンを鳴らし、また物思いに耽る。その繰り返し。よほど深く考え込んでいるのだろう、シェーヴェが近寄っても気づく様子はない。
やがて、ふぅ、とため息をついて周囲を伺い、
「……あ」
ようやくシェーヴェの存在に気がついた。
「こんにちは。珍しいですね、カラトさんが先にいるなんて」
「……」
「その素敵なタンバリン、どうしたんですか?」
「……借りた」
「そうなんですか。いいですねいいですね、これがあれば、カラトさんと私で合奏ができますよ!」
どうです一曲?と勧めると、カラトはうん、と頷いた。
シェーヴェはにこりと笑みを浮かべ、その場で陽気な曲を弾き始める。
……しゃん。しゃん。
カラトの伴奏は決して巧くはなかったけれども、聴かせる客はいないのだから、変なところがあっても気にする必要はない。
一曲弾き終えると、シェーヴェは、満面の笑みを浮かべて拍手した。
「あぁ、楽しかった~! カラトさんは、いかがでした?」
「……。うん……。良かったと……思う……」
「それは良かった! やっぱり合奏はいいですよね~!」
「……そうなのか」
「独奏には独奏の魅力がありますけど、いかんせん、ひとりでできることには限界がありますからね」
「……冒険者と同じ……か」
「あぁ、そうですね。まさにその通りです。アルケミストはとても強力な攻撃ができるけれど、術式を起動している最中は無防備ですからね。守ってくれる誰かがいた方が、心強いでしょう?」
「……そうだな」
カラトは遠い目をして、はぁ、と大きく溜息をついた。
「……日々をひとりで過ごすのは……不可能ではないだろうが、色々な意味で、限界があるだろうと思う。だから、できれば……仲間が欲しい。……しかし」
言葉を切り、シェーヴェの顔を、真っ向から見上げる。
「俺は、たくさんの人間を処分してきた。ほとんどは秘密裏に処理してきたけれども、中には、俺を暗殺者と気付き、糾弾する者もいるかもしれない。……そんな奴を引き入れて、大丈夫なのか? 迷惑にはならないだろうか……?」
「カラトさんが『大丈夫なのか?』と疑問を持っている限り、大丈夫ですよ」
自信たっぷりにシェーヴェは言い切る。
「自身に疑問を持つ人は、自分の行動を検証し、反省し、責任を感じ、次の行動を改善することが出来ます。そもそも人間は、どう頑張ったって、周囲に迷惑を掛けてしまう生き物なんですから。大切なのは、迷惑を掛けないことではなく、迷惑を掛けたことに対してどうフォローするか、です。その点、カラトさんは大丈夫。私、こう見えても、人を見る目には自信があるんです。その私が太鼓判を押すんですから、大丈夫!」
力説され、カラトは、顔を歪めるようにして、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「……ならば。……俺は、シュタールのメンバーと、一緒に……やっていきたい。仲間に、加えてほしい。……構わないだろうか」
「大歓迎ですよー!」
シェーヴェは、とびきりの笑顔を浮かべて、カラトの首っ玉に飛びついた。
「うわぁうわぁ、よく決断してくださいましたね。ありがとうございます! 本当に嬉しいです!」
「……く、苦しい」
「あぁ、ごめんなさい。嬉しくて、つい」
シェーヴェが手を離すと、カラトは大きく息を吸い、……呆れたように溜息をついた。
「……俺が加入するのが、そんなにも……嬉しい?」
「そりゃあそうですよ!」
ぐっ、とシェーヴェは拳を握る。
「初めてカラトさんを見たキトラさんが、どんな顔をするか! 想像するだけで楽しみで楽しみで楽しみで! 初対面の場面をどう演出するか、今からみっちり考えておかなくちゃ!」
半ば踊るようにステップを踏みながら、心底楽しそうに笑うシェーヴェを見て、カラトは嘆息した。
「……お前は……、本当に、楽しいことが大好きなのだな。正真正銘のエンターテイナー……という訳か」
「あはっ、そう言って頂けて光栄です。頑張りますよー」
目をきらきら輝かせて作戦を練るシェーヴェの姿に一抹の不安を覚えつつも、カラトは薄く微笑した。そして、軽く肩を回し、ふぅ、と安堵の息を吐く。……長い間背負っていた荷物を、ようやく降ろすことが出来た。そんな気がしたので。 |