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仕切り線1

【25*ともに、ゆこう】
地下25階制覇後。
因縁の、あの場所にて。

 世界樹の王を倒した後、エトリアの街はどうなることやら……と思っていたのだけれど、それは見事に杞憂に終わった。
 長がいなくなってしまっても、世界樹が機能を停止してしまっても、街の大多数の人にとっては、さして関係のあることではない。
 むしろ、今日の仕事をどう片付けるか、晩ご飯の献立のメインをどうするか、そういった瑣末事の方が、はるかに現実的で面倒で厄介であったりするのだろう。
 そして、カーシャも、また。
 休日の今日、何をして過ごそうかと、うんうん頭を悩ませていた。
「どうしよっかな~」
 ベッドでごろだらしながら考えていると。
 こんこん。
「カーシャ」
 ノックと共に、聞き慣れた声がした。カーシャはがばっと飛び起きて、ぱちくり目を瞬いた。
「ほぇ? キトラ? どうしたの?」
 しばし、逡巡するような間があって。
「……一緒に、来てほしい」

 誘われた先は、迷宮の地下25階。先日、王と死闘を演じた場所である。世界樹の残骸に花を供えると、キトラは、ずいぶん長い間、黙っていた。
 その隣で、カーシャもまた、黙っていた。キトラの方から話しかけてくるまでは、迂闊に喋ってはいけないような気がしたので。
 やがて。
「樹海の秘密、旧世界の存在、環境の浄化、そして俺自身のこと……」
 世界樹の残骸に視線を落としたまま、キトラが重い口を開く。
「こんなことになろうとは、まったく、想像もしていなかったな。樹海へ来たことを、後悔はしていないが、……正直、少し、重い」
 キトラの言葉に、カーシャは、ボクも、と頷いた。
「嬉しいこともいっぱいあったけど、同じくらい、大変なこともあったよね。……それにね、前から、不安に思ってたことがあるんだ。シュタールの皆と探索するのは、すごく、楽しい。でも、いつかは、ギルドを解散する時が来るんだよね。いつまでこうしていられるのかなって思うと、ちょっと、怖い」
 一呼吸置いて、カーシャは言った。
「もし、ギルドを解散したら、キトラは、どうするの?」
「……お前はどうするつもりなんだ」
「ん~……」
 逆に訊かれて、カーシャは腕を組み、首を傾げる。
「一度、家に帰ろうかな~、とは思っているけど」
「そうか」
 キトラは、意を決したように立ち上がると、カーシャの背後にまわった。どうしたの、と振り返ろうとするカーシャの肩を、強く、つかむ。
「お前、さ。……レンと戦った時に、言ったよな。俺が人間でなくとも構わない、と」
「うん」
「それは今でも変わりないか」
「うん」
「……そいつは重畳」
 す、とキトラの腕が伸びて、ふんわりと、カーシャの身体を抱き寄せた。
「わ」
 どくん。心臓が大きく跳ね上がる。血が逆流するような感覚に、カーシャは息を飲んだ。
「……キトラ?」
「あの時、お前がああ言った瞬間に、俺の心は決まったんだよ」
 カーシャの頭に顎を乗せたキトラは、くすりと笑った。
「できる限り長く、お前と一緒にいようってな」
「……!」
 心臓が爆発しそうな勢いで脈打っている。
 息が苦しくて、返事をすることすらできない。
 そんなカーシャの身体を、全身で包み込むように抱きしめて、キトラは囁く。
「お前の故郷……シュタールがどんなところなのか見てみたいし、お前を育てた家族がどんな人々なのかも知りたい。会って、話をしてみたい。……構わないか」
「……、うん」
「彼らは、俺の素性を知っても、拒まずにいてくれるだろうか」
「たぶん、大丈夫。逆に、大喜びすると思う。特に、おねーちゃんは」 
「そうか。……」
 言ってキトラは、さらに腕に力を込める。
「カーシャ」
「う、うん」
「……」
 意味深な沈黙が続いた、その時。
 ばたん! と乱暴にドアが開くような音と、「うわーっ! 何ですかアレ! 凄かったですねぇ!」聞き慣れた声がして、見慣れた面々が、壁の裏側から飛び出して来た。
「あれーっ、カーシャさんにキトラさん、お二人も来てたんですね! ここで何して……むぐむぐ」
 サリナスの口をツィレーネが塞ぎ、そのまま部屋の外へ連行してゆく。続いてシェーヴェがニコヤカ笑顔で解説(?)をする。
「や、すみません、お邪魔しちゃって! もしかしたら、迷宮に、まだ続きがあるんじゃないかと思って来てみたんですけど、ビンゴでしたよ! 明日、皆で探索してみましょうね。……では、僕達は消えますんで、思う存分、続きをどうぞ!」
 バタバタと遠ざかる足音。
 取り残された二人はしばし硬直していたが、やがて、キトラが肩を落として呟いた。
「……なんか……一気に萎えたな」
「続きは?」
「……。あぁ……」
 肩を落としたまま、カーシャの真っ正面へ移動する。色とりどりの花の上に立ち、しばし逡巡するように足元を見……、やがて、カーシャの顔をまっすぐ見つめて、キトラは言った。やや照れながら、けれどもきっぱりと。
「俺にはお前が必要だ。そばにいてくれ。ともに、ゆこう」
「……、うんっ!」
 カーシャは、満面の笑顔でうなずいた。
 そして……。
 ばたん!
「ヒイィ、FOEー!!」
 悲鳴を上げて、サリナスが飛び込んできた。
 遅れてツィレーネとシェーヴェ、さらに遅れてワニが3匹、部屋へと雪崩込んできた。
「すみません、すぐそこで、ばったり出くわして。私達だけでは倒せなかったので、連れてきちゃいました~。あはっ」
 再び解説するシェーヴェに、キトラは「あはっ。じゃねぇ!」と毒づいた。
「まったくお前らは……!」
 メルトワームを噛み潰したような顔でガントレットを嵌め直し、地をも揺るがす勢いで吠える。
「ワニを倒したら、お前らも燃やすッ! いいなッ!」
「ヒイィイすみませーん!」
 わぁわぁと騒ぎつつ、戦闘モードに移行する。いつものやりとり、馴染みの風景。思わずカーシャはにっこり微笑んだ。
「ギルド解散は、まだまだ先になりそうだねぇ……」


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