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仕切り線1

【26*樹海の詩人たち】
ハイ・ラガード樹海探索前のお話。

 ハイ・ラガードへやってきた冒険者ギルド『シュタール』が下宿することになったのは、公国貴族であり、ドクトルマグスでもあり、地図職人であるゲラルドゥスの住まいだった。
 屋敷は広く、ひとり一部屋使っても、まだ部屋が余るほど。
 詩人のシェーヴェに割り当てられた部屋は、二階の端。ピアノ、リュート、カスタネットなどなど、たくさんの楽器が、無造作に転がっていた。
「この楽器たちは?」
 詩人の問いに、ゲラルドゥスは低い声で答えた。
「かつて、ここに下宿していた詩人のものだ」
「その詩人は、今は?」
「樹海へ行ったきり、戻らない」
 楽器たちは、ずいぶん長いこと放置されていた様子。試しにピアノの蓋を開けてみると、積もった埃が煙のように舞い上がった。鍵盤を押してみても、調子っぱずれな音しか出ない。
「どれどれ」
 呟いて、シェーヴェは、ピアノをあれこれいじりはじめ……。

 真上にあった日が傾いて、空が茜に染まる頃、晩ご飯の支度を始めたシュタールメンバーの耳に、美しい旋律が聞こえてきた。
 驚いたゲラルドゥスが二階へ駆け上がり、端っこの部屋の扉を開けると、そこには、すっかり調整の終わったピアノを、ご機嫌で鳴らすシェーヴェの姿があった。
「いい感じに直りましたよー」
 にこにこ笑顔で演奏を続けるシェーヴェに、ゲラルドゥスは呆然と呟いた。
「この曲……」
 ええ、と、シェーヴェは頷く。
「本棚から楽譜を一枚失敬しました」
「……よく、あいつが弾いていた」
「そうですか。良い曲ですね」
 そう言いつつも、シェーヴェは手を止めた。
「もし、辛いことを思い出してしまうようなら、やめておきましょうか」
「いや……続けてくれ」
「では、お言葉に甘えて」

 曲が終わり、余韻が消える頃、台所から、おいしい匂いが漂ってきた。
「ごはんだよー」
 カーシャのよく通る声が、二人を呼ぶ。
「では、今回はここまで、ということで」
「……」
 ゲラルドゥスは、難しい顔をしたまま、無言で部屋を出ていった。
 その背に、シェーヴェが呼び掛ける。
「ここの楽器たち、私が使ってもいいですか?」
「……」
 しばしの沈黙の後、ゲラルドゥスは、振り返りもせずに言った。
「……せっかく弾き手が現れたのだ。好きに使うがいい」
「わ! ありがとうございます!」
 シェーヴェは満面の笑みを浮かべてゲラルドゥスの背に頭を下げた。続けて、楽器たちにも同じように「よろしくお願いしますね」と挨拶し、そっとピアノの蓋を閉めた。

 この日以来、屋敷から、様々な音楽が流れるようになった。

『ひどく恐ろしげな顔の老人が住んでいる』とお化け屋敷のごとく扱われていたこの場所の印象が変わるのに、さほど時間はかからなかった。


仕切り線2
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仕切り線4