
	 陽光を弾いて緑に輝く草原、数百年の年月を刻んだ深い森、そして、決して止むことのない風。それらに抱かれるように、風の神殿はある。……正確には、あった。
	 件の地震によって、神殿は、風のクリスタルごと地中に沈んでしまった。今はただ、跡地に大きな穴がひとつ、ぽっかりと口を開けるのみ。
	 
	その穴を、四人の子供が覗き込んでいる。
	「凄いね」
	 真っ黒な瞳をぱちぱちさせて呟いたのは、じゃじゃ馬娘のラーン。
	「お日様が真上にあるっていうのに、全然、底が見えないよ」
	「それだけ深くまで沈んだってことなんでしょ」
	 肩にかかった金髪を払いながら言ったのは、現実主義者のユール。
	「これで目的は達成した訳なんだし、さっさと帰りましょうよ」
	「ホントお前って、クールっつーかなんつーか、だよなぁ」
	 溜息をついたのは、最年長のナータ。
	「せっかく来たんだしさ、もうちょっと、いろいろ見て帰ろうぜ」
	 彼の言葉に頷いたのは、喧嘩狂のルーン。
	「手強い魔物がいるというから来てみれば、ゴブリンだのキラービーだの、大した事のない連中ばかりだ。もっと手ごたえのある魔物はいないのか?」
	「いや、それはちょっと勘弁願いたいな」
	 ナータは、額を伝う冷や汗をぬぐいながら、再度穴を覗きこんだ。
	「それにしても、この穴、どこまで続いてるんだろな。……って、え? ぅわわわわっ!」
	「わーっ!」
	「きゃああああ!」
 
	 突如足元が崩れ落ち、四人は深い穴の中へと放り出された。
*
	「……あいたたた」
	「おーい、みんな、無事かー?」
	「ちょっと、ベタベタ触らないでよ!」
	「暗くて見えねーんだから仕方ねーだろ! えーっと、ひとり、ふたり、さんにん、それと俺。うん。全員いるな」
 	頭数を確認し、怪我のないことも確認してから、周囲の点検。三方を岩の壁に囲まれた、小部屋のような場所だ。一見、自然そのもののように見える岩の壁だが、よくよく見ると、人の手が加えられているようだ。
	「ってことは、ここが風の神殿なのか?」
 	 首を傾げるナータに、ユールが頷く。
	「多分ね。だけど、変な話だと思わない? ここら一帯は風の力で守られているのに、どうして、その中心……風のクリスタルの神殿が、ここまでめちゃくちゃに壊れちゃったの?」
	「変っちゃあ変だけど、今の問題はそれじゃねーだろ。どうやったらここから出られるんだ?」
 	言って、ナータは顔を上げた。目を眇めても、落ちてきたはずの穴は見えない。
	 ルーンが、やれやれ、と溜息をつき立ち上がる。
	「ここを起点に、少しずつ探索するしかないだろう」
	「うへぇ。恐ろしく地道な話だなー」
	 ナータはうんざりと呟いた。
	「いったい、どれだけの時間がかかるんだ? 考えるだけで、気が遠くなりそうだぜ」
	「大変だけど、でも、ちょっと楽しいなって思わない?」
	 ラーンは、こんな時でもにこにこ笑顔。
	「だってさ、穴から落っこちて、崩れた神殿に迷いこんで。こんな体験、滅多にできるもんじゃないよ!」
	「冗談じゃないわ!」思わずユールは叫んだが。「……でも、そうね、確かに珍しい体験よね」
	 そう。四人は探険気分。もしかしたら一生ここから出られないかも、とか、恐ろしい魔物に襲われるかも、とかいうことは、カケラも考えてはいなかった。
*
	 四人衆が落っこちた場所は、壮麗な神殿であったことを偲ばせる場所もあれば、土がむきだしの場所もある。巨岩が転がっていて、人間ひとりがかろうじて通ることのできるような場所もある。もともと自然の洞窟があったところに風の神殿が沈みこみ、妙な形に合体してしまったらしい。神殿跡の広大さに魅せられた四人は冒険熱にうかれてしまい、そして。
	「ねぇ、今、私たち、どこにいるの?」
	「……」
	「もしかして、迷った?」
	「迷った訳じゃねーぞ。ちゃんと、壁に、目印をつけながら進んでるんだから」
	 答えるナータの手には、探索の途中に見つけた素焼きの欠片が握られている。これで壁に印をつけながら進んでいるものの、辺りは真っ暗。ところどころ地上からの光が差している場所もあるが、目印をきちんと見わけることができるほど明るい場所は、多くない。
	 ユールは肩をすくめた。
	「ほんと、不毛な努力よね」
	「うるせーな。やらないよりマシだろ。それに、少しずつだけど、上には上がってるんだし」
	「けど」
	「ねえねえ。行き止まりだよ」
	 前方から聞こえた快活な声に、二人は会話を中断し、前を向いた。先頭を歩いていたラーンが、突き当たりの壁を熱心に調べている。
	「ほらほら、この壁、神殿の一部じゃないかなぁ。すっごい細かい彫刻があるでしょ」
	 さらに何か手掛かりはないかと探っていたラーンが、あれ、と声を上げた。
	「ここ、縦に一本、隙間があるね。もしかすると、これ、壁じゃなくて、扉なんじゃない?」
	「そうかも!」
	 皆で押したり引いたりしてみたものの、扉はビクとも動かない。こいつはどうしようもないなと諦めかけた、その時。
	 四人は顔を見合わせた。
	「今、何か聞こえなかった?」
	「聞こえた」
	「何だろう。風の音?」
	「いや、音というよりは、声?」
	 次の瞬間、四人がかりでも動かなかった扉が、勝手に、音もなく、開いた。
	 ぶ厚い扉の向こうは、人工的にまっすぐ伸びる一本道。どういう仕組みなのかはわからないが、照らすものもないのに淡く青く輝きながら、一行を奥へと誘っている。
	「すっげー!」
	「きれいだね~」
	「この床や壁、光ってる……何でできているのかしら?」
	 にぎやかに喋りながら進んでいくと、先程と似たような扉に行き当たった。その扉が開いた時、四人は、灰色の台座に鎮座した、巨大な宝石を見たのだった。
	 それが何なのか。考えるまでもない。なぜならここは、風の神殿。そこに祀られているのは、風の力を持つクリスタルなのだから。
	 しかし。
	「風の谷、ウルに住まう若者よ……」
	 朗々と響き渡った深い声に、四人は「ん?」と顔を見合わせ、眼前のクリスタルを二度見し……、素頓狂な声で叫んだ。
	「ぎゃあああ!」
	「な、何だっ!?」
	「クリスタルが喋ったぁああー!」
	「さっき聞こえた声は、クリスタルの声だったんだね!」
	 わあわあ喚き散らす四人に対し、風のクリスタルは、あくまで静かに厳かに、世界の危機を告げた。
 	 曰く。世界を満たす闇の力が増大し、光と闇の均衡が崩れている。先日起こった災害もそれ故、ただし、あの大地震さえも、これから起こる事に比べれば、ちっぽけなものである、と。
	「どういうこと?」
	 ユールが鋭く問いかける。
	「風の神殿をこんな風にしちゃったあの地震よりも、もっとひどいことが起こるっていうの? とんでもないわ。そんなの、どうしろっていうのよ!」
	 すると、クリスタルは言った。絶望してはならぬ、希望はまだ失われていない、と。
	 クリスタルは全部で四つ。他の、火、水、土のクリスタルを探し出し、光の力を蘇らせ、光と闇の均衡を取り戻すことができれば、災いは去り、元の平穏な世界に戻るであろう……と。
	「つまり、」
	 ラーンは、上目遣いにクリスタルを見ながら、悪戯っぽい微笑みを浮かべた。
	「それを、あたし達がやれ、っていうことなんだね?」
 	その通り。
 	まさにこの瞬間、ウルの悪ガキ四人衆は、伝説の『光の戦士』として選ばれてしまったのだった。
	
*NEXT*