「まったく、なんであんたって、そうなのかしらね」
「ンなこと言われたってさぁ」
「言われたってさぁ、じゃないわよ! これからカナーンに戻ってシドの奥さんを元気にしてあげなきゃいけないのに、あんたが怪我してたら、余計な心配かけちゃうじゃない! まったくもう」
ユールはプリプリ怒りながら、ナータに治療の魔法を施した。というのも、竜の巣から飛び下りた際、なぜか彼だけが着地に失敗し、足をくじいてしまったので。
逆に考えれば、あれだけの高さから飛び下りて、無傷な方がおかしいような気もするが、ナータ以外は皆元気なのだから、仕方ない。不貞腐れた顔のまま治療を受けるナータの頭を、デッシュがよしよしと撫でる。
「ナータはさしずめ、たまねぎ剣士だな」
「……何だよ? その、たまねぎ剣士ってのは」
「かけ出しの兵士のこと。どっかの国で、ぺーぺーの新米兵士がかぶる兜がたまねぎに似ていることから、そう呼ぶんだ」
「へぇ~。あの薬草のことといい、あんたって、物知りなんだなー」
「ん~……」
デッシュはきまり悪そうに頬を掻いた。
「でもなぁ、実は俺、記憶喪失なんだよ」
「記憶喪失!」
四人はどよめいた。
「ああ。そういう、豆知識みたいなのは結構覚えてるんだけどさ。肝心要のこと……自分がどこの生まれで、どんなことをやってて、これから何をやらなきゃいけないのか、全然覚えてないんだよなぁ。いやぁ、まいったまいった」
全然参っていなさそうな口調で言って、デッシュはひょい、と肩をすくめた。
「けど、何かやらなきゃならんことがある、それだけはわかってる」
「さっき言ってた『探し物』って、記憶のことだったんだ。ある意味、あたしたちと似たようなもんかもね」
言ってラーンはにっこり笑う。
「あたしたちも、いきなり風のクリスタルに『他のクリスタルを探して世界を救え!』って言われて、一応ジンをやっつけてみたりもしたけど、これから先、何をやればいいのか、全然サッパリわかんないんだよね。けど……やれることから地道にやっていくしかないよね。行ったことのない場所へ行って、クリスタルがあるかどうか探して……」
「世界を救う、か。こりゃまた、大雑把で、気の遠くなる話だな」
思わずデッシュは苦笑する。
「けど、どっちにしろ、やれることをやる、それしかないわな! あの婆さまの病気を治すのだって、世界を救うための大事な一歩っ!」
「でもって、デッシュさんの記憶を取り戻す、大事な大事な第一歩っ!」
「ん~、いい感じだっ! こうなったら、俺、アンタ達と一緒に行っちゃおうかなっ!」
「ホント? わ~い、やった~!」
意気投合し、互いの手をぱぁんと叩くラーンとデッシュ。
ようやく治療を終えたユールは、腰に手をあてて「ホント、お気楽なんだから」と溜息をつく。
「さあ、さっさとカナーンに戻りましょう!」
「は~い」
*
思った以上に下山に手こずり、結局、その日は山でテントを張ることになった。ひとりで旅を続けてきたデッシュは手慣れたものだったが、野宿の経験のない四人はしどろもどろ。初心者丸出しである上に「野宿か〜、いよいよ旅人っぽくなってきたな〜」とニヤニヤするのをおさえることができず、一行は、テント内で大いに盛り上がることとなった。
次の日の昼、ようやくカナーンへ戻った一行は、シドの家へ直行し、奥さんに薬草を飲ませることができた。
奥さんの容態は急速に回復したけれど、まだまだ安静が必要な状態で、シドが傍を離れる訳にはいかず、……つまりは飛空艇に乗せてもらうことができない。ここから先は、再び地道な徒歩の旅。
四人は、せめてもの礼にとシドから様々な品物を譲り受けた。その中で最も興味を引いたのは、大陸の地図だった。
大陸は、外側が環状になっていて、内側に海、さらにその内側に 凵 の形をした陸地がある。現在一行がいるカナーンは 凵 の右側中央あたりで、四人が育ったウルは、その右上の端。はっきり言って、最果て。
「ウルって、こんなところにあったのか」
「私達の住んでる場所って、こんな複雑なカタチをしてたのね。全然知らなかったわ」
「こんなの、どうやって書いたんだ? 画家を飛空艇に乗せて、空の上で書いてもらったのか?」
「飛空艇がそんなに高く飛べるもんかい!」
シドは豪快に大笑い。
「こいつは、アーガスの地図職人が測量して作ったんじゃよ」
「アーガス?」
「測量?」
「アーガスってのは、西の方にある、古い古い王国じゃ。測量ってのは、……ワシもあんまり詳しくないんで省略じゃ」
言ってシドは、懐から取り出したパイプに草を詰め、火をつけた。
「そいつは良く出来た地図じゃが、大地震前のものじゃから、もしかすると、あちこち地形が変わっているかもしれんのう」
「変わる? 地形が?」
ユールが首を傾げると、シドは、左様、と頷いた。
「ここらはそうでもないが、西の方は、かなり大きな被害が出とる。地底湖の水があふれたり、大きな森が丸ごと消えたり、村が地割れに呑まれたり。ワシはこの通り飛空艇乗りで貿易商じゃが、地震以来、商品は儲け度外視で売っておる。家を失い、家族を失い、途方に暮れておる人達に、大金を寄越せとは言えんからのぅ」
「すっげー……。シド爺さん、アンタ凄ぇよ! 俺も、そんな風にカッコいい爺さんになりてぇー!」
拳を握り、闘志を燃やすナータに「アンタじゃ無理よ」とユールが冷たく言い放った。
*
大陸の地図を皆で囲み、これからの行き先を話し合った末、次の目的地をアーガスに決めた。このような地図を作ることができる国でなら、様々な情報を集められるのでは、と踏んでのことだった。
が、問題がひとつ。
凵 の左側中央にあるアーガスへ歩いて行くためには、ミラルカ山脈と、その先に広がる不毛の砂漠地帯を越えて、長い長い距離を歩かなければならない。それは、はっきり言って、かなりしんどい。というか、無理。
それならば、と海路を提案したのはデッシュだった。
歩きやすい場所を選んでぐるりと遠回りしなければならない徒歩と違い、船ならまっすぐ最短距離で行くことができる。
問題は、例の地震の影響で、海にも魔物が出没するようになり、定期航路が廃止されてしまったということ。
現在でも船を出している物好きといえば、正規の船乗りでない者、つまり海賊くらいのもの。そして幸いにも(?)海賊のアジトのひとつが、カナーンの近くにあるらしい。
「決まりだな」
地図上のカナーンを指差しながら、ルーンは言った。
「今日はここに泊まり、明朝出発。海賊のアジトを強襲、船を奪う」
「違ーう!」
思わずユールはルーンを突き飛ばした。
「どーしてあんたはそうなのよ! 普通に素直に船に乗せて下さいって頼めば済むことでしょーがっ!」
「海賊が、見ず知らずの人間を、しかも俺達のようなガキを乗せる訳がないだろう。ここは一発ガツンとやって」
「私は嫌よ! やるんなら、私達とは他人のフリしてやってよね!」
「まぁまぁまぁ」
間に割って入ったデッシュが、二人をなだめる。
「とりあえず、行ってから考えようぜ。頭を下げて乗せてもらうも、腕にモノ言わせて強奪するも、相手の出方次第だ」
「さんせーい」
「異議なーし」
ラーンとナータが揃って挙手。デッシュ案が賛成多数により採用され、本日の会議はお開きとなった。
*NEXT*