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FF3おはなし37

 人間の命。
 ノアがザンデに与えた、もっともすばらしいもの。

 人間として生きる、ということには、自分らしく生きる、ということも含まれているように思われる。
 ならば、強大な力を欲し、己が身体を『雲』に譲り渡してしまったザンデは……?

 そこまで考えて、ユールは、何か引っかかるものを感じた。
 ザンデは繰り返し「私は人間だ」と言っていた。その彼が、人間の命を捨てることの重大さを知らなかったとは思えない。何者にも屈しない力が欲しいと言い、そのために最後の一線を越える準備を進めながらも、彼は、最後まで迷っていたように思える。だからこそ「私を止めるチャンスをやる」などと偉そうなことを言って、ドーガの館に姿を現したのではなかったか。
 だとすると……。

 ユールはここで思考を中断させた。
『絶対なる力』と融合した『彼』が、一歩、一歩、近づいてくる。見えない力でぎりぎりと押さえつけられているような圧力が増す。空気が鉛になってしまったかのような圧迫感。
 重い。
 怖い。
 できることなら、この場から逃げ出してしまいたい。
 けれども、そうはいかない……!
 光の戦士達は、旅の途中で出会った四人を背に庇いつつ、顔を見合わせて「行こう」と頷く。
 エウレカの武器と魔法を総動員し、ありったけの攻撃を叩きつける。けれども相手は動じない。
 攻撃を避けているようには見えない。すべての攻撃を、まともに、真正面から受けている。その証拠に、クリスタルタワーの床や壁は傷ついていくのに、肝心要の敵は、何のダメージも受けていないように思える。
 ……そんなはずは。
 異様な様子にこちらが焦りはじめた頃、『彼』の反撃が始まった。
 それは、魔法ではなかった。物理的な攻撃でもなかった。では何なのかと問われると……正直、よく、わからない。人間の理解を超えた何か、その力はひどく圧倒的で、光の戦士達をいともたやすくなぎ倒していく。
「光であるお前達だけでは、私を倒すことはできない」
 聞き覚えのある声が、抑揚も何もなく、淡々と言葉を紡ぐ。
「私を倒したければ、闇の戦士でも連れてくるのだな」
 ……と。
 闇の戦士?
 四人は、床に這いつくばったまま、虚ろな頭で考える。
 聞いたことがある。千年前、光の氾濫が起こった時に、闇の世界から現れて、世界を救った四人の英雄。そんなものがこの場にいるはずがない。それなら、こいつに勝つことは不可能ってことじゃないのか。
 心を絶望に支配されそうになった、その時。
「それなら、何の問題もありません」
 自信たっぷりに言い放ったのは、双子だった。
 同時に、巨大な六角錐の宝石がひとつ、虚空に出現する。
 その場にいる全員の視線が、双子と、黒いクリスタルに注がれた。
「これは、闇のクリスタル?」
 しばし宝石を見上げた後、視線を双子に戻した『彼』は、呟くように問いかける。
「お前達は、何者だ?」
 すると双子は顔を見合わせ、肩を落とし、力なく「あ~……」と呟いた。
「やっぱりあなたは、もう、ザンデ様じゃないんですね」
「僕達と、ザンデ様は、10年ほどのおつきあいですから」
「僕達が何者か、なんて、もう、とっくに知ってるはずですものね」
「だったら、手加減する必要は、ありませんね!」
 闇のクリスタルは目にも止まらぬ早さで『彼』の腹部に突き刺さり、そのまま、背後にあった水晶の柱に縫い止めた。
「なっ……!」
 その場にいた全員の驚愕の声が、見事に揃った。
『彼』もまた、信じられない、という顔をして、震える腕を伸ばし、石に触れた。そのまま腕に力を込め、引き抜こうとしたが、石はびくともしない。
「馬鹿……な」
 呟く『彼』に、双子は無邪気にニッコリ笑いかけた。
「僕達は、闇の力の守護者にして行使者」
「闇のクリスタルの番人です」
「そういう訳で、闇の戦士はいませんが、彼らの力の眠るクリスタルを行使する者なら、ここにいます」
「これで、あなたの闇の力は封じられました」
「光の力だけでも、あなたを倒すことができます」
 話を聞いて、ナータが、ほ~、と素直に感心する。
「おまえら、実は、凄い奴だったんだなー」
「えっへん」
「今は人間の姿をしていますけど、本当は、竜なんです。双頭の竜」
 するとデッシュが「でぇええええっ!?」と素っ頓狂な声を上げた。大袈裟なほどに震える人差し指で双子を指し、わななく声で、もしかして、と言う。
「お前ら、……光の氾濫の時に出くわした、あの竜か!?」
「あは~。ようやく思い出してくれましたか~」
「思い出すも何も!」
 デッシュはどすんと足を踏みならす。
「俺は竜の姿しか知らねぇんだから、わかるわけないだろーがっ! そもそも、千年も昔のことを、そうそうハッキリ覚えていられるかっ!」
「うわぁん、ひどぉい」
「姿を変えただけでわからなくなっちゃうなんて」
「つれないんですぅ~」
「愛が足らないんですぅ~」
 よよよと泣き崩れる双子に、デッシュは情けない顔をして「愛って……あのなぁ」と呟く。
「……で?」
 ルーンが冷たい目で双子を睨む。
「結局、お前達は、ザンデの手下ではないということか?」
「手下ではありません」
「共通の目的のために、一時的に手を組んでいた、というべきでしょうね」
「共通の目的って?」
 会話に割り込んだラーンに、双子は「それはですねぇ」と声を揃える。
「絶対なる力……僕達は暗闇の雲って呼んでますけど、あれを、この世界へ呼び出すこと、です」
「……!」
「僕達は、闇の世界の住人です。ですから、千年前、光の氾濫に乗じてやってきて、闇の世界をしっちゃかめっちゃかに破壊した暗闇の雲が、どうしても許せなかかったんです」
「できることなら、奴を、完全に、滅ぼしてしまいたかった。けれども、闇の戦士の力をもってしても、暗闇の雲を狭間の世界へ追いやることだけで精一杯」
「滅ぼすことなど、夢のまた夢」
「夢を実現するために、僕達や、ノア様は、ずっとずっと、研究をしてきました」
「長い時間をかけて準備して……そこに現れたのがザンデ様でした」
「ザンデ様は、取引をしよう、とおっしゃいました」
「協力して暗闇の雲を召喚し、そこから先は、競争だ、と」
「力を欲するザンデ様が勝つか、暗闇の雲打倒を願う僕達が勝つか。言い換えれば、世界が滅びるか、存続するか。ギリギリの勝負を、僕達は、受けて立ちました」
「そういうことだったのね」
 ユールも口を挟む。
「でも……、だとすると……、あの人が勝ったなら、世界は滅んでしまう。逆に、私達やあなた達が勝ったなら、あの人は、暗闇の雲ごと死ぬことになる。たとえ、どのような結末になったとしても……」
 そうです、と、双子は頷く。
「ザンデ様は、この世界から、去ります」

 ……昔、サロニアにいた時にも、同じ事を言われたな。
 ……やはり私は、普通の人間には馴染めないらしい。

 かつて、サロニアで、何があったのかはわからない。けれども、生まれつき尋常でない魔力を抱えていた彼が、周囲にどんな目で見られていたかは、想像に難くない。おそらくは、親や親戚にも不気味がられて、孤立していたところをノアに拾われて。そうして従った師が、最後に遺したものが『人間としての命』。強大な力を抱えたまま、普通の人間として生きろと言われて、ザンデは追いつめられたのに違いない……。

 ……果たしてそうだろうか?
 ふと、ユールは思い直した。
 そう、むしろ、逆に……。
 ユールは首を振った。
 今、自分が考えたことは、結局は、推測でしかない。
 ただ、ハッキリしているのは。
「それが、あの人の出した結論なのね」
「そうですね。……ともかく!」
 双子が、胸の前で、ぱん、と手を合わせた。
「これで、奴に、攻撃が効くようになるはずです」
「遠慮せず、どーんとやっちゃってくださいな!」
 双子の言葉に、四人は頷く。受けたダメージは深かったけれども、サラやシドやデッシュやアルスや、ウネやドーガに励まされ、立ち上がって、『彼』を睨む。
『彼』もまた、力づくでクリスタルを引き抜いて、こちらをじっと睨んでいる。
 戦いが、再び、始まった。
『彼』に集中砲火を浴びせかけると、攻撃は、功を奏した。皮膚が裂け、骨が折れ、鮮血が散る。見ているこっちが悲鳴を上げてしまいたくなるような怪我、それでも『彼』は、眉ひとつ動かさず、悲鳴ひとつ上げない。
 ザンデの身体を借りているにすぎない『暗闇の雲』は、痛みなど感じないのだろう。
 それこそ不幸中の幸いだな、と、ナータは思う。
 余計な痛みなど、感じない方がいい。
 自分達にできることといったら、一刻も早く、彼を倒すことだけ。
 それだけ、なのだ。

 己の身体がボロボロになったのを見て「この身体は、もう、駄目だな」素っ気なく『彼』は言った。
「ならば、器を捨て、狭間に戻るだけのこと。千年後、光と闇のバランスが崩れた時に、ふさわしい身体が見つからなければ、また次の千年を待つ。その繰り返し。無限の時間がある私には、それができる」
 四人は顔色を変えた。ここで『彼』を逃がしてしまっては、今までの戦いが無駄になる。早くとどめを刺さなければならない。
 さらなる攻撃を受け、傷を増やしながらも『彼』は笑う。
「無駄だと言っているのがわからぬか。私は、……?」
『彼』 が言葉を切る。ぎくりと顔を強張らせ、ようやく『彼』は気づいたようだった。
 自分が、そこから、逃げられないことに。己の魂が、身体の中に、がっちり固定されてしまっていることに。
 自分には未来永劫無縁であるはずの死の匂いを間近に嗅ぎ取った『彼』は青ざめる。
 その様子を見た竜がころころと笑う。
「どうしました?」
「身体を捨てるんでしょう?」
「そんなことができれば、の話ですけどね!」
「人間をやめてしまったウネさんやドーガさんは、魂だけで活動することも可能ですけれど」
「ザンデ様は、人間ですからね」
「人間と融合してしまった今、そこから出る術はありません」
「仮に、出る術があったとしても」
「あのザンデ様が、あなたを手放すはずがないんですよ」
「ねぇ? あの方は、欲が深いから」
「だからあなたは、ここで滅びる他ないんですよ」
 双子の、哀れむような笑みに、『彼』の怒りは頂点に達する。
「……おのれ!」
 血を吐くような声で、『彼』が呻く。残ったすべての力を込めて、襲いかかってくる。
「ただでは死なぬ! 貴様達も道連れだッ!」
「滅びるのは貴様だけだ!」
 叫んだルーンが地を蹴った。同時に、ラーンとユールとナータが、魔法を唱える。
 エウレカに封じられていた魔法を受け、ダメージを受けてもなお『彼』は突進し、腕を伸ばす。そこから放たれた波動はルーンの頬をかすめて、真一文字の傷を走らせる。それに構わず、ルーンは、カウンター気味に、全体重を乗せて、攻撃を叩き込んだ。
 どこかで見たことのある構図だな、と、ルーンは思う。
 神々の最終戦争に使われたという伝説の剣が、『彼』の肩を貫く。そこから脇腹にかけてを、袈裟懸けに、一気に切り裂く。
「……!」
『彼』は、かっ、と瞳を大きく開いて、間近にあるルーンの顔を見、次に、己の腹に刺さった剣を呆然と見……崩れるように、あおむけに倒れた。
 そのまま、『彼』は、動かなかった。
 ……静寂。
 ルーンはつかつかと歩み寄り、『彼』に突き刺さったままの剣を、力を込めて引き抜いた。すると彼はびくりと身体を震わせて、呻き声を上げ、苦しそうに顔を歪めた。……が、それも一瞬。彼は、不意に不敵に微笑んで、何かを小さく呟いた。それを聞いたルーンが、目を見開く。
「……お前……!」
 そこへ双子が風のように駆けてきた。
「ザンデ様!」
 悲鳴に近い声を上げ呼びかける双子に、彼、ザンデは、はは、と乾いた笑い声を上げた。
「まさか、ここまでうまくいくとは思わなかった。……お前達の勝ちだ。これで滅びの千年周期は終わる」
「いいえ、いいえ」
 双子は物凄い勢いで首を振り、ザンデの手を取り、握りしめた。
「ちっともうまくいってなんかいませんよ」
「誰も、貴方の死を望んでなどいません」
 しかしザンデは、いいや、と笑みを浮かべる。
「私が望んだ。34年も生きれば十分だ。少なくとも、私にとっては長かったよ……」
「34年なんて、あっという間ですよ」
「僕達なんか、うっかり何千年も生きてるんですから」
「……。もういい。……いいんだ……」
 血まみれの凄惨な姿で、苦しそうに息をしながらも、どこか晴れ晴れとした、満足しきった表情。それを離れたところから見ていたユールは、思わず、金切り声で叫んでしまった。
「冗談じゃないわよっ!」
 皆の視線が、ユールに集まる。
「ボロボロで死にかけのくせに、そんな顔をして! 送り出す方の気持ちにもなってみなさいよ、腹が立つったらありゃしないわ!」
「……」
 身体を戦慄かせて叫ぶユールに、ザンデはやはり薄く笑い、目を閉じた。そして何回か、溜息のような呼吸をした後、動かなくなった。
 思わずユールは顔を覆った。いやいやをするように首を振る彼女の身体を、ナータがそっと抱き寄せる。その隣で、口を真一文字に結んだまま瞳を潤ませているラーンの肩を、デッシュが叩く。そして……。
 両手をだらりと下げたまま、呆然と突っ立っているルーンに、サラ姫がそっと声をかける。するとルーンは弾かれるように振り向いて、姫の方を見た。
 ルーンは、泣いていた。
 サラ姫は言葉を失い、……けれども意を決して、言った。
「先程、この方に、何を言われたのです?」
「……」
 ルーンはごしごしと目元をこすり、姫から目を逸らしながら、低い声で呟いた。
「……あの時とは、逆になったな、と」
「あの時?」
「俺は、一度、こいつに殺されかけたことがあった。今のこいつみたいに、バッサリやられて。そのことに言及したってことは……、こいつは、戦いの最中も、暗闇の雲に乗っ取られてなどいなかったということだ。ザンデとしての意識をはっきり持っていて、それで」
 ルーンは言葉を切った。拳を握って俯いて、
「……それなのに、この結末を選んだのか!」
 肩を震わせて叫ぶルーン。サラ姫は少し逡巡し……、意を決すると、彼の腕を掴んで強引に引き寄せて、思いっきり、抱きしめた。
「それが彼の決断なら、仕方のないことです。彼は、自分のやりたいことをやりきった。そして、あなたたちも、やるべきことをやりとげたのですから」
 そしてルーンから一歩離れると、ぱんぱんっ、と少々乱暴に手を叩き、その場にいる全員の顔を順に見て、晴れやかに、宣言した。
「戦いは終わりました。さあ、皆さん、帰りましょう!」

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