季節は初春。長く厳しい冬を越え、ようやく暖かくなってきた頃合い。
	「風の谷」ウルの長老トパパは、自室にて、毛の薄くなった頭を抱えてうんうん唸っていた。
	 少し前、地震があった。
	 それはかなり大規模なもので、崖崩れで道が塞がれてしまったり、村の裏手にある風の神殿が崩壊して地中深く沈んでしまったりと、甚大な被害を及ぼしていた。しかし、今彼が悩んでいるのは、そのことではなかった。
	 大地震以来、得体のしれない凶暴な獣……「魔物」が村周辺をうろつきはじめ、畑を荒らしたり、家畜を襲ったりするようになった。村人が襲われたという知らせはまだないものの、それも時間の問題だろうと彼は思う。
	 最悪の事態を招く前に手を打たなくてはならないが、具体的にどうすればいいのか、まったく見当がつかない。どうしたものかと思考を巡らす彼のもとへ、数人の村人達が駆け込んできた。
	「長老、大変です! ホマクが襲われました!」
	「運んできた荷を狙われたようです!」
	「なんじゃと!」
	 トパパは、真っ白なもじゃもじゃ眉毛に覆われた目をカッと開き、スツールを蹴るようにして立ち上がった。
	「場所はどこじゃ! ホマクは無事なのか?」
	「それが……」
	「あの……そのぅ……」
 	問うても、なぜか、村人達はおろおろするばかり。 
	「どうしたのじゃ。それでは何もわからぬではないか!」
	 苛立つトパパの前に、落ち着いた物腰の女性(名をニーナといい、トパパの身の回りの世話をしている)が進み出て、にこりと笑んだ。
	「ホマクを襲った魔物を連れてきましたよ」
	「何じゃと? 魔物を、連れてきた?」
	 訝しむトパパ。ニーナが連れてきたのは、ボロになったカーテンや獣の革や草花で、魔物に変装した四人組だった。
	 ひとりは、ひょろりと背の高い少年。いかにも素朴な村の住人といった出で立ちで、てへへと照れ笑いを浮かべながら、栗色の髪をボリボリ掻いている。
	 もうひとりは対照的に小柄な少年。しかし凄むように睨む蒼い目は、まるで百戦錬磨の戦士のよう。村の立派な大人達でさえ、彼の相手はしたくないと思うほどの問題児。
	 三人目は中肉中背の娘。年頃の少女特有の、妙に大人っぽい思考回路で、これからこっぴどく怒られるのに違いないわとげんなりしながら、肩まで伸ばした金髪を指でいじっている。
	 四人目は、夜の闇を閉じ込めたような真っ黒な瞳がくるくる動く、見るからに活発そうな少女。三人目とは反対に、この状況を楽しんでいる様子。
 どれもこれも、よ〜く知っている顔ばかり。
 四人とも、長老トパパが拾い、育てたみなしごたちだった。
「……お前達」
 呆然と呟くトパパに、ニーナが「すみません」と頭を下げる。
「魔物に変装して、食べ物を盗もうとしたようです」
「こ、この……」
 トパパは震える手で杖を握り「バカモンがぁ!」と雷を落とした。
*
	「まったく! この大変な時に、馬鹿をしおって!」
	 カンカンに怒る長老トパパに、子供達は、だって、と肩をすくめる。
	「この頃、ロクな物食べてないんだもん」
	「やっぱ、お腹いっぱい、食いたいもんなー」
	「育ち盛りだからな
	「言っておくけど、私は最後まで反対したんだからねっ!」
	「お前なぁ、それはズルいぞっ!」
	「じゃかあしい!」
	  わあわあ騒ぐ子供達を、トパパは見事な杖さばきで小突き倒していく。
	「痛ぇなぁ! 本気で殴らなくったっていいじゃねーか!」
	「阿呆! 本気でなくてはわかるまい! 腹を空かせているのはお前達ばかりではない。ホマクが運んでいたのは、村人みんなの食料だったのじゃぞ!」
	「それはわかってるけど~」
	「ちぃともわかっとらーん! よいか、ここ風の谷は、止むことのない風に守られておる故に、比較的平穏じゃ。あの大地震ですら、我らに大きな被害を与えることはできんかった。しかし村の外はひどい有り様、跡形もなく崩壊した町もあれば、魔物に襲われ壊滅した村もあるという」
	 けれど子供達は、ありがたいお説教などどこ吹く風。
	「会ったこともない他人の不幸より、自分のご飯だよね」
	「うんうん」
	「お前ら……」
	 トパパはガックリとうなだれた。
	「お前達には、荒治療を施した方がいいようじゃな。……外出を許可しよう。一度、四人だけで、風の神殿まで行ってみるがいい」
	 風の神殿は、偉大な力で世界を支えるクリスタルのひとつ、風のクリスタルを祀る場所。それは村の外にあり、村の外へは成人するまで出てはならない、というのが、村の絶対の掟。
	「本来なら許されることではないが、神殿の惨状を己の目で見れば、魔物に扮して食べ物を盗もう、などとは考えなくなるじゃろうて」
	 トパパの考えは、間違ってはいなかった。
	 が、生まれて初めて村の外へ出た子供達が、とんでもない事件を引き起こし、とんでもない事態に巻き込まれようとは、予想だにしていなかったに違いない。
*NEXT*