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FF3おはなし04

 ウルは「風の谷」の二つ名の通り、東西を山に挟まれている。そのどちらも、旅に不馴れな子供の足で踏破できるような山ではない。北には事の発端となった風の神殿跡があり、そこから更に北上すれば、やはり山。その山を越えれば海。よって、ウルからどこかへ行こうとするなら、南へ向かう他はない。
 ウルから、徒歩で半日ほど南下したところにある町の名を、カズスという。ウルと同様、山に寄り添う小さな集落ではあるが、ここは鉱山の町。大地震に襲われた後でも、貴重な金属を求めて人が行き交い、活気にあふれているはず。だった。
「いやぁ、あの地震の後、ジンっていう、妙な魔物に襲われましてね。それ以来、大変なんですわ。ほら、この通り」
 言って、宿屋の主人は両手を広げた。そこには、子供がチョークでなぞったような、白い輪郭線があるだけだった。
 子供のラクガキのような姿になってしまった宿屋の主人に厚みはなく、ぺらぺら。輪郭線の中は透明で、むこうが透けて見える。触ろうと手を伸ばしても、何の抵抗も無く、スカッと通り抜けてしまう。
「なんでこんな風になっちゃったの?」
 ラーンに問われ、主人は肩をすくめた。
「ジンに呪いをかけられたんです。こんな有様ですから、鉱夫はつるはしを持てないし、帳簿係は羽根ペンを握れないし、料理人は包丁が持てません。幸い、飢えて死ぬことはないようなんですが」
「ジン、ねぇ。ウルには、そんな魔物は来なかったわよ。近所なのに」
 ユールは頬に指を当て、小首を傾げた。
「どうしてここが狙われたのかしら」
 すると宿屋の主人は、待ってました、とばかりに身を乗り出した。
「ここの鉱山で採れる、ミスリルという金属。これが、軽くて丈夫で魔力にもよく反応するというので、非常に人気のある素材なんですね。このミスリルこそが、ジンの弱点らしいんですよ」
「なるほど〜。ジンにしてみたら、ここは、自分の嫌いなものをどんどこ発掘する、イヤな場所なんだ。だから、街の人に呪いをかけて、ミスリルが発掘できないようにしちゃったんだね」
 ラーンの言葉に、主人は「その通りです」と頷いた。
「じゃあ、どうする?」
 ナータが問いかけると、ユールは、どうするって言われても、と、眉根を寄せた。
「私たちにはどうしようもないわね」
「冷たいな」
「うるさいわね。私たちの目的はクリスタル探しなのよ。ここにクリスタルがあるようには見えないし、とっとと次の場所へ行くのがいいんでしょうけど」
 すると宿屋の主人が「それは無理です」と口を挟んだ。
「ジンの奴が、南へ向かう道を封鎖しちゃいましたからね」
「……」
 四人は顔を見合わせた。
 ナータは見るからに嫌そうな顔をしている。
 ラーンはにこにこ笑っている。
 ルーンはジンと喧嘩がしたくてウズウズしている様子。
「結局、ジンをどうにかするしかないってことね」
 ユールは憂鬱そうに溜息をついた。
 そこへ、背の低い輪郭線がやってきて、ひゃっほう、と歓声を上げた。
「お前さん達! 話は全部聞かせてもらった! あのジンに喧嘩を売ろうってぇその心意気、気に入った!」
 声質から察するに、老人らしい。彼(?)はつかつかと四人の側に寄り、自己紹介を始めた。
「わしはシド。カズスへは用事があって来たんじゃが、ジンにやられてこの様じゃ。こうカラダがスケスケでは、飛空艇に乗れんし、家へも帰れん」
 飛空艇。四人には馴染みのない言葉。それは何? と尋ねると、シドは自慢げに「おほん!」と咳払いをひとつ。
「聞いて驚け! 飛空艇とは、機械の力で宙に浮き、自在に空を飛ぶ船じゃよ!」
「宙に? 船が? 浮くの?」
「それはぜひ乗せてもらわなくっちゃだね!」
 はしゃぐ四人に、シドは得意げに拳を突き上げた。
「ジンを倒してくれさえすれば、いくらでも乗せてやるぞい!」
「えーっ! ホント? ホントにホント?」
「ああ、ホントじゃとも。嘘つきは発明家の始まり、けれどもわしは嘘をつかん!」
「やったね!」
 嬉しそうに手を打ち鳴らすラーンの横で、ユールは思案顔で呟く。
「そのジンってのは、どこにいるのかしら」
「サスーン城にいるそうですよ」
 答えたのは宿屋の主人。
「ここから北西へ半日歩いたところに、ここら一帯を治めるサスーンのお城があります。そこでジンは、お城の人々をこき使い、好き放題やっているんだそうです。ついこの間、サスーンから逃げてきた人の話ですから、間違いないと思います」
 四人は再び顔を見合わせ……。
「やめよう」
 開口一番、呟いたのはナータ。
「えぇーっ!」
 抗議の声を上げたのはラーン。
「ひどい目にあってる人を、ほうっておくの!」
「助けられるんなら、助けた方がいいけどさ。お城にゃ、王様を守るために、兵士や魔道士がたくさんいるだろ。そいつらでさえ歯が立たねーのを、俺達がどうにかできるとは思えねーよ。そんなバケモノを相手にするよりは、封鎖とやらをどうにかして強硬突破する方が現実的だと思うぜ」
「かもね」
 あっさりユールが同意するので、ラーンは頬を膨らませる。
「そんなんじゃ、何も解決しないよ! 街ひとつ、お城ひとつどうにかできないで、何が光の戦士だよ!」
「別に、好きでなった訳じゃねーもん。それに、逃げるって選択肢もひとつの手……うっ」
 ナータが言い終わらないうちに、ルーンが拳を叩き込み、気絶させた。
「さあ、サスーン城へ行くぞ」
 ルーンが宣言すると、ラーンは大喜び。ここまでされてはかなわないと、ユールも渋々ながら頷く。
「そうと決まれば、さっそく行こう!」
 勢いに任せて出かけようとする一行に、宿の主人が慌てて声をかける。
「ジンを倒しに行くのなら、サラ姫を探して下さい!」
「サラ姫?」
「サスーンの姫君です。ミスリルの指輪を持っていたために、唯一、呪われずにすんだお方です」
「そっか」
 ラーンはこくこくと頷いた。
「サラ姫を見つけて、ジンの苦手なミスリルを使えば……」
「魔法は使えない、剣もロクに触ったことがない、若さだけがとりえの私たちにも、ジンを倒せる可能性があるってことね」
 ユールは肩をすくめた。
 そう。いくらクリスタルに選ばれたといっても、彼らは、何か特別な能力を持っている訳ではなかった。
 育ての親が神官であるから、魔法の勉強もやってはいるが、実際に魔法を使ったことはない。そもそも、魔法を使う為には、魔法を封じた宝珠を用い、しかるべき修行と儀式をしなければならず、そのように難解で面倒なことを、この四人がやっているはずもなく……。
 唯一の例外がルーン。幼い頃から剣に喧嘩に興味を持ち、村の剣士について稽古もしていたが、真面目に習っていたのは最初だけ。あとはもう、自己流というか何というか。
 そんな状態でジンに喧嘩を売るのは百年早いという気もするが、サラ姫とミスリルがあれば、どうにか渡り合うこともできるかもしれない。
 問題は、サラ姫がどこにいるのかわからない、ということ。
 南の道が封鎖されている今、この地域でひとの住まう地は、ウルと、カズスと、サスーンのみ。
 お姫様がド田舎のウルへ向かったとは思えないし、カズスにいるなら、彼女の存在が噂にならないはずはない。
 となると、そこらで野宿しているか、サスーン城に潜伏しているか。
 と、いう訳で、一行はサスーンへ行くことに決めた。

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