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FF3おはなし06

 ジンが陣取る封印の洞窟は、サスーン城の北の山中にある。土を踏み固めて床を作り、木を組み上げて壁と天井を作り、幾重にも封印魔法を施した洞窟は、いまや、おどろおどろしい気配に満ちていた。
「なんか、嫌な感じ。もしかして、私達、間に合わなかったのかしら」
 ユールの問いに、サラ姫はきっぱり「いいえ」と答えた。
「ジンが真に復活したなら、こんな洞窟など、木っ端微塵に破壊されてしまっているはず」
「……ジンって、そんなに強いの?」
「ええ。ですが、あなたたちがいれば大丈夫。クリスタルから授かった力があれば、ジンなど簡単に倒せるでしょう」
「……」
 沈痛な面持ちで黙り込んだ四人を、サラ姫は怪訝そうに見つめる。
 四人は顔を見合わせ、お前が説明しろ、いやお前がやれ、と無言のジェスチャーを交わす。最終的に「仕方ないわね」と口を開いたのはユール。
「私達がクリスタルに選ばれたのは確かだけど、授かった力とか、そういうのはないの。悪いけど、姫様が期待しているような活躍はできないと思う」
 サラ姫は、さぞかしがっかりするだろう。そんな四人の予想に反して、姫は「いいえ!」と強い調子で反論した。
「クリスタルには、古の英雄の力が宿っています。クリスタルに選ばれた者は、その力を引き出すことができるのです。あなたがたは『力を授かっていない』のではなく『力に気がついていない』だけですわ。もっと自信をお持ちなさい。大丈夫! このわたくしが保証致します。さあ、参りましょう」

 洞窟内には、封印魔法を無効にする作業を続ける人間達のために明かりがつけられていたが、それでもすべての闇を駆逐することはできない。ユールが「暗いわね」と呟くのを聞いて、ナータはからかうように言った。
「なんだ、怖いのか?」
「そんなんじゃないわよ。……そういうあんたはどうなのよ」
「ふふん。俺は今すぐ逃げ出したい気持ちで胸がいっぱいだな」
「あきれた」
「お姫様は『力に気がついてないだけだ』っつーけど、実感ねーもん。でも、あいつらは、そんなことは全然気にしてないって感じだな」
 視線を前方に転じると、そこには嬉々とした表情で魔物を張り倒す仲間の姿。
 先程から、大勢の魔物達がわんさか襲い掛かってくるのを、喧嘩が大好きなルーン、揉め事に首を突っ込みたがるラーン、そして、堂々たる立ち回りで戦うサラ姫の三人が、面白いようになぎ倒していく。
「あの調子なら、ジンも簡単に倒せるんじゃねーか?」
「だといいけど」
 溜息をつきつつ奥の部屋へ入ると、視界が開けた。洞窟の最深部、ダンスホールほどもある空間に、大勢の人間が集められている。その誰もが、催眠術にでも掛かってしまったかのように虚ろな表情で、奥の祭壇を見上げている。
  人々の視線の集まっている場所、周囲よりも一段高いその場所に、偉そうにふんぞりかえっている者がひとり。
 ゴワゴワの黒髭に覆われた顔、長い頭髪をてっぺんでひとつに編んだ髪型、ぼってりとした太鼓腹。姿かたちはちょっと冴えない中年男性といった風情だが、その身体からは、胸がむかむかするような、禍々しい気配を発している。
   あれこそが、ジンに違いない。
「さぁてと」
 ジンはあぐらをかいた姿勢のまま両手を広げ、人間達に命令を下す。
「お前達、最後の仕上げだ! 今日中には封印を完全に無効化する! このいまいましい洞窟を出、世界中を徹底的に破壊してやるのだ! そして」
 ぱぁん!
  気持ちよく自分の世界に浸っていたジンの顔に、黒い塊が投げつけられた。それは爆竹のように派手な音と光をまき散らし、炸裂する。
 慌てふためくジン。すかさず、ルーンとラーンが壇上に躍り出て叫ぶ。
「ボムのかけらを集めて作ったお手製カンシャク玉の威力、思い知ったかっ!」
「カズスやサスーンを襲った魔物というから、どんな奴かと思えば。いまいちパッとしないな」
 二人に続き、サラ姫も壇上へ。かつかつかつ、と足音高く前に出て、ジンに人さし指を突きつける。
「あなたのような邪悪な魔物の居場所は、この世界にはありません。そもそも、(長いので中略)……という訳で、あなたを封印致します!」
 サラ姫の長い長い演説が終わると、カンシャク玉のショックから立ち直ったジンは、巨体を揺らしながら立ち上がった。
「小癪なっ! まだ完全に封印が解かれていないとはいえ、このジン様が人間ごときに敗れるものか! しかも! サスーン城の者どもは、皆、わしの支配下にあるのだぞ! さぁお前達、やってしまえ! ……あら?」
 さっきまで、大勢の人々でごった返していたはずの空間は、今やすっかりがらんどう。ただユールとナータがふたりきり「こんにちは~」「どうも~」などと言いながら、ひらひら手を振るのみ。
「さっきのカンシャク玉のショックで、操りの魔法、解けちまったみたいでな」
「サラ姫が演説してる間に、全員、すみやかに脱出してもらったわよ」
「……」あっけにとられるジン。
「そーゆーことで」
 ラーンがにっこり笑い、サラ姫がずいと一歩前に踏み出し、ルーンがぼきぼき指を鳴らす。ユールとナータも祭壇によじのぼって包囲網に参加する。完全に囲まれたジンは、じりじりと後ずさる。一歩、また一歩と後ろへ下がり、追い詰められた……フリをして「うりゃぁっ!」突き出したてのひらから、数えきれないほどの火球を飛ばしてきた。
「えっ?」
「うわっ!」
「熱ちちちッ!」
 幸い、怪我をした者はいなかったものの、マッチも火打ち石も使わずに火を生み出すという芸当に、ナータやユールは大慌て。
 ふたりがぎゃあぎゃあ叫ぶ中、ラーンが、くいくいとサラの袖を引く。
「あれは、何?」
「あれはジンお得意の黒魔法。相手を傷つけたり呪ったりするための攻撃魔法ですわ」
「呪ったり傷つけたり。ってことは、悪い奴が使う魔法なの?」
「いいえ。もともと黒魔法は、純粋な精霊信仰から端を発したもので、悪者の専売特許ではありません。その証拠に、クリスタルに眠る勇者の力の中に、黒魔道師の力もあるはずですわ」
「じゃあ、あたしも、あんな風に、火を出したりできるようになるってこと!」
「ええ。もちろんですわ。実際に魔法を使うためには、魔法を封じたオーブが必要ですから、今すぐという訳には参りませんが……城に戻れば、いくつかお裾分けできますわよ」
「ホント? よーし! それならちゃっちゃとやっつけちゃおう!」
 ラーンはぐっと拳を握り、
「言われなくても倒す」
 ルーンがちゃきっと武器を構え、
「よくも、お気に入りの服を焦がしてくれたわね!」
 ユールが半泣きの顔を上げ、
「じゃ、俺はここで応援してる。みんな、頑張れ」
 前髪をチリチリに焼いてしまったナータが手を振る。
「ひっ!」
 思わず情けない声を上げるジン。五人ががりでボコボコにのされた彼は、煙のような姿になって、ミスリルの指輪に吸い込まれていった。

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