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FF3おはなし12

 岬の先端部分、三方を海に囲まれた場所に建てられた石造りの神殿は、思っていた以上に小さな建物だった。地震の影響か、崩れている場所もあり、お世辞にも、立派な神殿とは言えない。しかし床はきちんと掃き清められ、祭壇にはお供えもしてある。
「何日かに一度、誰か来て、きちんと手入れしてるんだね。魔物も出るし、ちっとも安全じゃないのに、ここの人達は、本当にネプト竜を大切にしてるんだね」
 言ってラーンは、祭壇に近付いた。青みがかった灰色の大きな石を四角く切り出しただけの質素な祭壇、その後方には、一抱えもある竜の頭の彫像が据えられている。鰐に似た長く大きな顔、後ろに向かって伸びる二本の角。むかって左側の目には青い宝石が埋め込まれているが、右側にはなく、穴が開いてしまっている。
 ナータがひょいと背伸びして、穴の奥を覗き込んだ。
「これ、本当は、両目が揃ってたんだろーな。地震で取れちまったのかな? それとも、誰かが持っていっちまったのかな?」
「あ~、そうだな。もしかしたら、これが原因かもしれないな」
 デッシュが頷く。
「もう一方の目を探して、返してやった方がいいんじゃないのか? きっと、目がなくなって怒ってんのさ」
「そうかしら?」
 ユールは首を傾げたが、それ以外に「らしい」ものは見つからない。それならばと竜の目を探したが、狭い神殿内のこと、探索はすぐに終わってしまった。
 外へ出れば、周囲は海。風もないのに無闇に荒れて、ざぱーんと波しぶきを上げている。
「地震の衝撃で外れちゃった竜の目が、海に落ちて流された……なんてことは、ないわよね?」
 その可能性はゼロではない。一行は、寄せては砕ける波を眺めながら、すっかり沈黙してしまった。
「一旦、帰るか? 誰かが、竜の目をアジトに持ち帰ったかもしれないし」
 ナータの提案に乗った一行は一斉に回れ右をし、来た道を戻り始めた。が、ルーンだけは、その場を動かなかった。
「どうしたよ?」
 ナータが声を掛けると、ルーンは眉間に皺を刻んだ険しい顔のまま、神殿を睨みつけている。
「なんとなくだが……瞳は、アジトにはないと思う。あるとすれば、神殿だ」
 四人は顔を見合わせた。
 デッシュが「どうしてそう思うんだ?」と訊ねると、ルーンは一層険しい顔をした。
「だから『なんとなくだが』と言った」
 実をいうと、ルーンの勘は異様に鋭い。彼が「~だと思う」と言うことは、たいていその通りになる。ウルでも「ルーンは占い師で食っていける」と言われていたほど。なので一行は神殿に戻り、調査を再開した。
 ……が、やはり、それらしいものは見つからない。
「う〜ん、やっぱり何も……」
 デッシュが言いかけた、その時。天井の穴から何かが落ちてきて、ナータの頭を直撃した。
「ぐぇっ」
「うわっ! だ、大丈夫か?」
「痛ってぇ〜! 何なんだ?」
 突如落ちてきたもの。それは、人間の赤ん坊くらいの大きさの、紫色の体毛を持つネズミだった。ネズミは五人に向き直ると後ろ足で立ち上がり、えへん、と胸を張った。
「お前ら、宝石をねらってきたんだろ、宝石をさがしにきたんだろ、ちう!」
 ……。
 何が起こったのか、誰も理解できなかった。
 長い長い沈黙の後、おそるおそる、ユールが呟いた。
「ネズミが……喋った??」
 するとネズミは得意そうに飛び跳ねた。
「宝石は、オイラのもんだ! だれにもわたさない! おまえらなんか、こうしてやる!」
 途端に、周囲の気温がすうっと下がり……。
「ブリザド!」
 ネズミが魔法の言葉を叫ぶやいなや、神殿の床が凍りつく。とっさに五人はジャンプして、足が凍りつくのを防いだ。
「これ、黒魔法だよ!」
 ラーンが叫ぶと「はぁ?」とナータが声を上げる。
「ちょ、待て! なんでネズミが黒魔法なんか……!」
 するとネズミは、馬鹿にするなと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「石といっしょに、魔法の力も、もらったんだ! ちう!」
 ネズミが叫ぶと、ごう、と吹雪が巻き起こった。吹雪は徐々に勢いを増し、霰が混じり、雹になり、一行をびしびしと打ちのめす。
「負けるもんか!」
 ラーンは両足を踏ん張って精神を集中し、「ファイア!」魔法の炎を噴出させた。……が、すぐに吹雪にかき消されてしまった。
「が~ん! 負けた……!」
「そうじゃない!」
 顔をしかめながらもデッシュが叫ぶ。
「魔法には相性ってモンがあるからな! この状況じゃ、火は役に立たねえっ!」
 じゃあ、と、ラーンは必死に頭を巡らせた。この状況で役に立ちそうな魔法といったら……。
「これはどうかな? スリプル!」
 ぼわん! 魔法の煙を吸い込んだネズミは、受け身を取ることもなく、前のめりにバッタリ倒れた。そのまま動かない。
 ユールが「やっつけたの?」と訊くと、ラーンはぶんぶん首を振った。「眠らせただけ」
 見れば、なるほど、ネズミはスヤスヤと寝息を立てている。
「どうする? いまのうちにやっつけちゃう?」
「こんなに気持ち良さそうに寝てる奴をボコボコにするのは、気が引けるなー」
「けど、放っておいたら、また悪さをするかもしれないわよ」
「それもそうだなぁ。……とりあえず、こいつが寝てる間に、ネプトの目を探そうぜ」
 ナータはネズミが宝石を隠し持っていないか調べたが、それらしいものはない。
「無いなー」
「持っているとは限らないんじゃないかしら」
 ユールは天井を見上げた。
「ネズミは、上から降ってきたわよね? もしかしたら、屋根裏に隠してあるのかも」
「どれどれ……よぉいしょっと!」
 五人の中で一番背の高いデッシュが天井の穴に飛びついて、懸垂の要領で屋根裏を覗き込み……。
「あった! これだ!」
 見つけたのは、ルビーに似た真っ赤な宝石。さっそく竜の目にはめ込むと、見事にピッタリおさまった。
「これで大丈夫だな」
 ナータが満足気に笑ったその時、ネズミががばっと飛び起きた。真っ黒な瞳をいっぱいに開いて、一行の顔を順繰りに見回し、切羽詰まった声で「ちう!」と鳴く。
 宝石を失ったネズミは、言葉を喋ることもなければ、魔法を使うこともなかった。これなら放っておいても安心だろう。
 これで一件落着、と神殿を出た彼らが見たものは、さっきまでの荒れっぷりが嘘のように、真っ平らに凪いだ海だった。

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