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FF3おはなし22

 人々が戻ってきた翌日、アーガスで宴が催された。宴といっても、ハインにさんざん苦しめられた後のこと。豪勢な料理が出る訳でもなく、祝典の曲を奏でる音楽隊がいるわけでもなく。城の中庭、露天にずらりと並べられた卓に、非常用の食料や、各家庭から持ち寄られた料理が乗せてあるだけの、簡素な祭。それども人々は満面の笑みを浮かべて、無事に戻ってきた喜びをかみしめ、光の戦士の活躍に感謝した。
 そう。四人は、人々から、嵐のような祝福を受けていた。ユールなどはすっかりあがってしまって、カチンコチンになっている。
「サスーンの時にも思ったけど……こんな風に感謝されちゃうと、なんか、落ち着かないのよね」
「そうだよねー。あたしたち、ウルじゃ、怒られるばっかりで、ほめられることなんてなかったもんねー」
「自慢気に言うな」
 からから笑うラーンに、ルーンが真顔で突っ込みを入れる。
「それよりも、次のことを考えた方が良くはないか?」
「次のこと? ずいぶん気が早いなー。今はお祭りの真最中なんだからさ、ンなもん、後でいーだろ?」
 鶏の唐揚げをもぐもぐしながらのナータの提案を、ルーンは「黙れ」と冷たく却下する。
「お前のような、お気楽能天気野郎のペースに合わせてなどいられるか」
 そんなー、と抗議の声を上げるナータを、ユールが「まあまあ」となだめる。
 そんな時だった。アーガス王からお呼びがかかったのは。
 四人は、城の最上階、円卓の間と呼ばれる場所へ通された。
 その名の通り、広い広い空間の中に、どっしりと大きな樫の木の円卓が置いてあり、王と、側近らしき男女が席に着いていた。
「宴の途中にお呼び立てし、誠に申し訳ない」
 立ち上がり、頭を下げるアーガス王に、ユールは慌てて両手を振った。
「いいえ。とんでもないです。王様こそ、お怪我は大丈夫ですか?」
「ああ、心配ない」
 王様は力強く頷くと、君達に伝えたいことがあったのだ、と言って、古文書を何冊か取り出した。
「我が城に残る記録が正しければ、浮遊大陸にあるクリスタルはふたつ。残るふたつは他の大陸にあるはずだ」
「他の大陸かぁ……」
 呟いて、ラーンは首をひねった。
「って、どうやって行くの?」
 この大陸がどれくらいの高さに浮いているのかはわからないが、徒歩や船で移動できるとも思えない。
「そこでだ。良いものがあるのだよ」
 アーガス王は茶目っ気たっぷりにニヤリと笑うと、側近に「あれを」と促した。そうして、丁寧に、うやうやしく、大袈裟に、運び込まれたものは、何の変哲もない小箱。大きさは片手でひょいっと持ち上げられるほど。材質は金属のようだが、馴染みのある金属ではないようだ。
「なんとなく、オーエンの塔にあった機械と似てるなぁ」
「ご名答」
 アーガス王は満足気に頷いて、箱を卓に置いた。
「これは『時の歯車』、永久機関と呼ばれるもの。古代人の繁栄を決定的なものにした、文明の中核をなす装置だよ。これをシドに渡せば、飛空挺を造ってくれるはずだ」
「えええええええええ!」
「シドを知ってるんですか?」
「これで? できるの? 飛空挺が!?」
 口々に発せられる質問に、王はあくまで穏やかに答える。
「シドは、数年前まで、この国で技師をしていたのだよ。彼に頼めば、船を、飛空艇に改造できるはずだ」
「じゃあ、エンタープライズを改造してもらおうぜ!」
「さんせーい!」
 かくして、一行はカナーンへ急行した。
 シドの家を訪ね、すっかり体調の回復した奥方に手料理をごちそうしてもらい、心もお腹もいっぱいになったところで飛空艇の話を切り出すと、シドは身体を乗り出して卓を叩いた。
「そりゃ本当か! いや~、もう一度、飛空艇が造れる日が来ようとは、長生きはするもんじゃのう。いいとも、喜んで改造させてもらうぞい!」
「やったぁ! ありがとう!」
 海賊船エンタープライズを、飛空挺に改造するのにかかる時間は二週間。その間、四人は、新しく授かった力の確認をしたり、大きくて足の速い鳥『チョコボ』を借りて、行ったことのなかった地域へ足を伸ばしてみたり、バイキング達の「新しく造った船に乗ってみないか」との誘いに乗って新型船の進水式に参加して、そのついでに、ハインによって被害を受けたトックルを訪問したりした。それらの旅の途中で、新しい魔法の宝珠や、強力な武器を手に入れることもできたから、なかなか有意義な時間だったといえるだろう。
 そして、エンタープライズ完成予定の数日前に、一行は、シドのいるカナーンへと戻ってきた。飛空挺が完成するまでの間は宿を取るつもりだったのだが、シドの「何を水臭い! ウチに泊まっていかんかい! 若いモンが遠慮なんかしてどうする」とのお言葉に甘えて、居候させてもらうことにしたのだった。
 そのお礼として、飛空艇の整備を手伝うことにした四人は、エンタープライズの姿を見て驚いた。
「あんまり変わってないね……」
「おう。飛空艇に改造っつーくらいだから、どれだけ変形するのかと思ってたら。あちこちに大きいプロペラがついただけ……だな」
「馬鹿なことを言いなさんな。いかに天才のワシでも、大掛かりな改造をたったの二週間でやれ、と言われたら、荷物まとめて夜逃げするわい。そもそも、この船は、完成度の高い、良い船じゃ。余計な改造は必要ないんじゃよ」
「そうなのかー」
「それよりも、お前達、飛空艇の運転はどうするつもりじゃ?」
「え?」
「え?」
「あぁ、そっか。コレ、自分達で運転しなきゃいけないんだ」
 四人は互いに互いの顔を見合わせた。
「どうする?」
「どうしましょうねぇ」
「じゃ、俺がやるわ」
 手を挙げたのはナータ。
「俺って、ケンカじゃ何の役にも立ってないからなー。せめてこれくらいはやっておかねーと」
「最年長としての立場がないわね」
 ユールにぴしゃりと言われたナータは、そこまでキッパリいわなくても~、と泣き崩れた。……が、すぐに気を取り直し、シドにむかって頭を下げた。
「お師匠! 運転の方法を教えてくださいっ」
「よろしい! だが、お前さん一人だけ教えたってどうにもならん。長いこと運転しなければならない時や、万が一、お前さんが倒れでもした時に、他に誰も運転できません、では話にならんからな。全員、みっちり覚えてもらうぞい!」
 そんなこんなで忙しくしているうちに、あっという間に数日が過ぎた。操作の練習と試運転を兼ねた飛行が繰り返され、ついに明日は出発だ! と決まった日に、不意に、ユールが言い出した。
「ねぇ、浮遊大陸を出る前に、ウルに戻っておいた方がよくない?」
 風のクリスタルに選ばれて旅に出てから、一度もウルには帰っていない。そのことに気がついて、一同は押し黙る。
 やがてルーンが「俺はいい」と呟くと、残る二人も「あたしもいいや」「俺も別に。っつーか、今帰ったら、そのまま居着いちまいそうでさー」
 ユールはしばし「うーん」と考え込んでいたけれども、最終的に、「皆の言う通りかもね」と、里帰りを却下した。
「……それにしても」
 ナータが溜息とともに呟いた。
「他の大陸かー。いったい、何があるんだろうなぁ」
 一行が知っている限り、浮遊大陸の外へ出たことのある者はいないようだった。自分用の飛空艇を持っているシドでさえ、大陸から出ようとしたことすらないらしい。……と、いうより、この大陸に住んでいるほとんどの人が、自分達のいる場所が空中にぷかぷかと浮いている、という事実を知らない。かつての自分達がそうであったように。
 だから、ここから先は、地図も知識も何もない、本当に未知の世界。
 それに、わからないのは地理だけではない。大地震を引き起こし、世界を混乱の直中に放り込んだ「敵」のこと……オーエンの塔で出会った双子や、一連の混乱を引き起こした黒幕……そいつがどんな奴で、何を企んでいるのかは想像もつかない。
 確実なのは、ハインのような手強い敵に、何度も何度も遭遇する羽目になるだろう、という嬉しくもない推測。不安材料はてんこ盛りだけれども、誰も行ったことのない場所へ足を踏み入れるという行動自体は、悪くない。
 いわば、新世界への一番乗り。
 どんな場所があって、どんな植物が生えていて、どんな食べ物があって、どんな人々が住んでいるのか。想像しただけでもドキドキワクワク、いいねぇ冒険はロマンだよ、などとニヤニヤしてしまう。
 そうこうしているうちに、ついに、その日がやってきた。
 シドや奥さんや、滞在中に顔見知りになった町の人々が見守る中、海賊船エンタープライズは、エンジン音も高らかに、大空へと舞い上がった。
 発進すると、一瞬、ぐん、と重力がかかり、なめらかに加速する。人々が、家が、カナーンの町が、あっという間に小さくなる。森が、川が、山が、近付いては通り過ぎ、次々視界から消えてゆく。
 やがて、前方に、分厚い雲の固まりと、陸の「端」が見えてきた。まるで、ナイフか何かでスパリと切り落とされたような崖、その向こうに広がるものは、一面の青。
「……行くぜ!」
 ナータの、蛇輪を握る手に力がこもる。
 エンタープライズはまともに雲に突っ込んで……抜けた。

 振り返ると、そこには円錐形をした岩の塊が、平らな面を上にして、悠然と浮かんでいた。宙に浮かんでいるのが信じられないくらい、どっしりと、堂々と。何やら神がかり的なものすら感じさせる圧倒的な姿に、普段なら「すっごーい! ねえねえ、ちょっと、見てみてよ!」などと騒ぐはずのラーンですら、神妙な表情で、黙って大陸を見ている。
「……浮遊大陸」
 ユールが、まるで祈りの言葉でも呟くように、その名を口にする。
「私達の住んでいた場所が、あんな風になっていたなんて」
 その浮遊大陸も、離れるにつれ、どんどん小さくなってゆく。やがて月くらいの大きさになり、点のようになって、まったく見えないようになってしまうまで、さほど時間はかからなかった。
 改めて、四人は前を向き、新しい世界へ目を向けた。
 見えるものは青、ただし空の青ではなくて、海の青。かつて、旅の途中、丘の頂上から見えた海に大騒ぎをしたことがあったけれども、あれとは比較にならない。前後左右360度、すべてが海、海、海。海ははるかかなたでゆるやかな水平線を描き、そこでようやく空とつながっている。果てしなき大海原の中、エンタープライズは高速移動を続けたが、陸らしきものは見えてこない。
「すごいなぁ、外の世界って、なんて広いんだろう!」という驚きは、昼になり、夜になって、不安に変わった。
 さすがに、視界の悪い夜に移動するのは危険そのもの。エンジンを空中静止モードに切り替えて、そのまま朝を待つことにした。
 今日、一番長く運転したナータは船室へ入り、柔軟体操をこなした後、薄く切ったハムで野菜を巻いて、ポイと口に放り込んだ。
「おかしいよなぁ。いくらなんでも、ここまで何もないってことはねぇと思うんだけどなー」
「そうだよねぇ……」
 ラーンも隣でうーんと唸る。
「とりあえず、しばらく、あちこち飛び回ってみようよ」
「それしかねぇよなー。陸がなけりゃ、満足に休憩だってできやしない」
 エンタープライズには立派な寝室があって、睡眠を取ることは可能だけれど、やはり地に足着いた状態でぐっすり寝たいと願うのは、船も海もロクに見たことのない山育ち故のワガママ……ではないはずだ。
「とりあえず、3日飛んで何もなかったら、浮遊大陸に引き返そう」
「うん」
 かくして捜索は続けられた。
 2日目には、海面からにょっきり突き出した、建造物らしきものを見つけたが、入口は完全に水没しているし、窓のようなものも見当たらない。進入は無理と諦めて、再び大海へと飛び出した。
 運命の3日目。一日中飛びまわり、やはり何も見つからないまま日が傾いて、潮時か、と皆が諦めかけた頃、「陸だ!」夕闇に目をこらしていたルーンが叫んだ。
「ええっ」
「本当か?」
 夕ご飯の支度をしていたユールとナータは、スプーンやらおたまやらを握ったまま甲板に飛び出して、外を見た。
 そこにあったものは、陸と呼ぶにはあまりにも小さく、頼りない島だった。けれども陸であることに変わりはなく、一行は歓声を上げた。
「どう? 誰かいそうな気配はある?」
 船を空中静止させ、四人はじっと島を観察した。建造物のようなものは見当たらない……が、島の端に、何かが打ち上げられているようだ。
 すっかり斜めに傾いて、島に寄りかかるようになっているもの……無惨に折れた帆柱に、ボロボロにちぎれた帆の名残が見える。どうやら難破船らしい。もしかすると生存者がいるかもしれないと、一行は船をそっと着水させて(改造されたエンタープライズは、今まで通り、水の上を航行することもできた)、難破船に近付いた。

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