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FF3おはなし24

 水没した世界を復活させるためにやらなければならないことは、水のクリスタルの解放。
 水の神殿のどこかに安置されている水のクリスタルを解放するためには水の巫女であるエリアの力が必要で、彼女は今すぐにでも出発しようと言うけれども、彼女の身体は本調子ではないし、そこまで急がなければならないほど、事態が切迫している訳でもない。……たぶん。
 エリアの回復を待って島に逗留している間、缶詰や干し肉などの保存食を使うのは勿体ない。鳥を捕まえ、魚を釣って、食べられる草を摘んで、皆で騒ぎながら作る料理は、量も楽しみも盛りだくさん。ひとつの鍋を囲んで食事をすれば、おのずと会話もどんどん弾む。
「私は、アムルという、水の都で生まれました」
 食事が終わり、すっかり空になった鍋を前に、エリアは語った。
「すぐ近くに海があるんです。砂浜が広がっていて、小さい頃は、毎日のように遊びに行っていました。とっても綺麗な街ですよ」
「それは是非行ってみなくっちゃだね! でもって、エリアにいろいろ案内してもらわなきゃ! 料理のおいしいお店とかも教えてよ!」
 身を乗り出して話すラーンの勢いに押されて、エリアは胸の前に置いた手をもじもじさせた。
「私、水の巫女に抜擢されて、丘の上の神殿に住み込むようになってからは、ほとんど街へは行っていないんです。ですから、最近の街の様子はよくわからなくて。きちんと案内できるかどうか……」
「あたし達よりは断然詳しいんだから大丈夫だよー」
「そうでしょうか」
「そうだよ。……ねぇ、じゃあ、水の巫女って、どんなことをするの?」
「水のクリスタルの意思を受け取り、皆に伝えることが、主な仕事です。次に神殿の管理ですね。掃除をしたり、中庭の草むしりをしたり。あとは、年に二度行われる祭の企画と運営……といったところでしょうか」
「お祭りがあるんだ。楽しそう! ウルにも風の神殿があったけど、巫女さんなんていなかったし、神殿の管理とか、してなかったよね?」
 首を傾げるラーンに、ユールが答える。
「私達が知らないだけかもしれないわよ。村の掟で、外へは出て行けなかったんだから」
「あ、そうか」
 ラーンはぽんと手を叩いた。
「ここんところずっと、あちこち飛び回ってるから、忘れてた。……そっかー。そうだよねー。トパパのじっちゃんが風の神官だってことは知ってたけど、神殿で何をやってたのかは知らないもんねぇ。今度帰ったら聞いてみようっと」
「今度帰ったら、ねぇ?」
 ユールは憂鬱そうに溜息をついた。
「いつになったら帰れるのかしらねぇ……」
「もちろん、世界を救った後だよ」
 きっぱりと、ラーンは言う。
「世界をこんなにした奴を、もー、ギャフンと言わせてやるんだから!」
「いや、ギャフンとは言わないと思うぜ」
 ナータに笑いながら突っ込まれて、ラーンは「うるさいな、もー」と両手を振り回す。

 そんな風に、互いの故郷の話や体験談などを語り合ううちに日は過ぎて、エリアの体調もすっかり回復。そろそろ出発してもいいかも、という頃合いになってきた。
 四人とエリアは全員で行く気満々だったのだけれど、老人は「わしはここに残る。今日までわしらを守ってくれたこの船を、置いてけぼりにはできんよ」と言って動かない。一行は別れを惜しみつつ、再びエンタープライズで、大海原に飛び出した。

 水の神殿がどこにあるのか、正確な位置はわからないけれども、エリアの『水のクリスタルの意思を受け取る能力』を頼りに飛び回ること丸一日。ついに一行は、水の神殿のある場所を探し当てた。
 それは、難破船が漂流した場所に比べれば、かなり大きな島だった。神殿や、庭や、神殿で働く人々が寝泊まりしていたであろう小屋はほとんど沈んでいたけれども、クリスタルに通じる洞窟は、水没を免れていた。
 それでも、床はじめじめ濡れてすべりやすく、うっかり転んでしまわないように、気をつけて歩かなければならない。そこへ、コッカトリスだの、ポイズントードだの、厄介な魔物が多数出て、一行を手こずらせた。
 それでも大して怪我もせず、最深部へ行くことができたのは、今までに踏んできた場数のお陰。
 やがて、細長い通路の向こうに、台座に鎮座する、巨大な宝石が見えてきた。
 ……水のクリスタル。
 一刻も早く世界を取り戻したい、という思いから、一行は自然と早足になった。特に、先頭を走っていたラーンとユールは、まるで先を争うようにクリスタルの部屋へと駆け込んだ。だから、気がつかなかった。クリスタルの陰に潜み、自分たちに向けて、すさまじい殺気を放っている何者かに。
 真っ先に気づいたのは勘の鋭いルーン、けれども彼の立ち位置は最後尾で、どうすることもできなかった。敵の存在に気づき、なおかつ行動を起こすことができる位置にいたのはエリア。彼女は「危ない!」と叫んで先頭の二人を突き飛ばし、魔物の攻撃を身に受けた。
 声もなく倒れるエリアを支えるように抱きかかえたユールは、彼女の胸に突き刺さった矢を見て愕然とした。傷が広がることを覚悟してでも矢を抜くべきか、そのまま回復魔法をかけるべきか、……迷っているうちに、エリアの顔から生気が失われていく。ひとまずは体力の回復が先と判断し、ユールはケアルの魔法を唱えはじめた。
 彼女らを守るべく、他の三人が前に出て、矢を放った者と対峙する。
 そいつは、人間の男性の頭と腕を持っていたけれども、下半身……人間であれば二本の足が生えているべき場所には、吸盤がずらり並んだ八本足が、不気味にうねうね蠢いていた。
「俺はクラーケン。ザンデ様よりつかわされたもの……」
 魔物は、大きく口を開き、ファファファ、と、息とも声ともつかぬ音を漏らした。どうやら笑ったらしい。肩を震わせながら、八本足で、じわりじわりと近寄ってくる。
「光の戦士、お前達もここで終わりだ。水の巫女ともども、この場で死ねい!」
 戦いが始まった。
 ナータは盾を構えて壁役に徹し、ルーンとラーンの二人は、武器と黒魔法の連続攻撃を浴びせかける。敵は黒魔法を連発し、壁を焦がし、空気を震わせ、神殿の聖なる水を凍らせたけれども、三人の息のあった連携に、じわじわと追いつめられていく。やがて魔物は力尽き、気味の悪い泡に変じて姿を消した。
 勝利の余韻に浸る間もなく、三人は、エリアのもとへ駆け寄った。
 ……回復魔法は、ほとんど効いていないようだった。ユールがずっと全力でケアルを掛け続けているけれども、それでも、彼女の呼吸が浅くなっていくのを止められない。
 ごめんなさい、ごめんなさい、と泣きじゃくるユールに、エリアはそっと腕を伸ばした。
「私は、もうだめ。力を無駄にしないで……」
「そんなこと言わないで!」
 ユールは悲鳴のような声を上げた。
「きっと助かるから、あきらめないで」
「いいえ……」
 エリアは青い顔に笑みを浮かべる。
「それよりも、水のクリスタルの力を解放しないと……」
 彼女が祈ると、クリスタルの光が強くなる。殺伐とした空間に、暖かい力が満ちる。……それを見届けた彼女は、ほうっと安堵の息をつき、細い声で、語りかける。 「光の戦士……どうか、闇を振り払い、この世に平和を……」
「エリア……?」
 ラーンが震える声で呟いた瞬間。
 ぐらり、と地面が揺れた。
「地震?」
 大きな揺れに、洞窟が悲鳴を上げる。ぱらぱらと細かい破片が雨霰と降り注ぎ、皆にびしびしぶち当たる。
「崩れる……!」
 ルーンは呟き、ユールの肩を揺すった。
「逃げるぞ!」
 しかしユールは、駄々をこねる子供のように、嫌よ、と絶叫する。
「エリアを置いてなんか行けないわ!」
「馬鹿! 死ぬ気か?」
 珍しく、ルーンが声を荒げて叫ぶ。その隣で、ラーンはどうしていいかわからずオロオロしている。そんな様子を見たナータは、大急ぎでクリスタルに向き直った。
「皆で急いで逃げなきゃ危ねえってのに、このままじゃ全滅だ! おい! クリスタル! 俺に何かできることはねぇのか? ユールが白魔法、ラーンが黒魔法、ルーンが敵さんの力や弱点を見破る力をもらって……でも俺は、相変わらず皆に頼ってばっかりで、どうしようもなくって……これからもそんなんじゃ困るんだよ!」
 叫んだ瞬間、クリスタルが、一際強烈な光を放った。
「ならば、徹底的に頼ってみてはどうだ?」
 クリスタルの唐突な言葉に、ナータは唖然としてしまう。
「なんだって?」
「そなたに、幻術士の力を与えよう。偶然を必然とし、災いを福に転じる知恵がなければ扱えぬ、難しい力だ。使いこなせるかどうかはそなた次第」
「ちょ、ちょっと待てよ! 幻術士?? 何だそりゃ! 意味わかんねーぞ!」
 叫んでいる間にも、揺れはどんどん大きくなっていく。ナータは内心に「こん畜生」と呟きながら、ここから逃げる方法を考えて……、ふと、浮遊大陸でチョコボに乗ったことを思い出した。
 非常に大きく、飛ぶことはできないが、その背に人や荷物を載せて、馬のように駆ける鳥。今、ここにチョコボがいたら……。
 そう考えた瞬間、目の前の何もなかった空間に、突然白いチョコボが現れた。
「はぁ!?」
 思わずナータは素っ頓狂な声を上げたが、今は驚いている場合ではない。素早くチョコボに飛び乗って「ここにいる全員を連れて逃げろ!」と命令すると、たちまち巨鳥は言うことを聞いた。足と嘴を器用に使って全員を背に担ぎ上げ、そのままスタコラ逃げ出した。

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