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FF3おはなし32

 一行は、ドーガに教えられた通りにノーチラス号を進め、別の大陸の、山の中腹にある洞窟を訪れた。そこは、超魔道師ノアの二人目の弟子・ウネが住む祠。入口には、分厚い一枚板で造った扉が嵌め込まれてあり、その手前には「ウネ」と書かれた、真っ赤な郵便受けが置いてある。
「かわいい」
 ユールが低く呟くのを聞いて、ナータは吹き出した。
「これ、ご本人が作ったのか? だとしたら……うん、お茶目さんだな」
「とりあえず、行くよ」
 ラーンが扉をノックし「ごめんくださーい」と声を掛けると。
「誰もいないよ!」
 甲高い声が返ってきて、四人は顔を見合わせた。
「……? なんだぁ?」
「誰もいないってさ」
「では、入っても問題ないな」
 言うが早いか、ルーンは、ばぁん、と派手に扉を開けて、ずかずか中へと入っていく。細長い通路を抜けると、そこは、白くて広い部屋だった。
 ウネと思われる白髪の老婆が、部屋の中央に据えられた、素朴なベッドで眠っている。枕元には真っ赤なオウムがいて「誰もいないよ!」と翼を広げた。
「ウネは、夢の世界を守るために、長くて深い眠りについてるんだ。あの大地震の時ですら、すやすや眠っていたんだもの、ちょっとやそっとじゃ起きないよ。だから、ここには、誰もいない! 誰もいないよ!」
 おしゃべりなオウムに驚きながらも、ねえ、と、ラーンは声を掛ける。
「あたし達、ドーガに言われてここに来たんだ。ウネを連れて、ドーガの館に戻ってきたら、エウレカの封印を解くからって」
「なんだって!」
 するとオウムは飛び上がり、真っ赤な羽をバタつかせた。
「……ってことは、あんたたち、光の戦士? じゃあ、あの大地震は、ザンデ様の……。やっぱりそうだったんだ! なんてこと! よりによってエウレカだなんて……! あぁ! 結局、なにもかもが、ノア様の予言の通りになってしまった!」
 オウムはウネの頭上をくるくる飛んで「ウネ、起きて、起きてよ!」と叫んだ。すると……。
「なんだい、ずいぶんと騒がしいねぇ」
 ついさっきまで、身じろぎすらせずに眠り込んでいた老婆が、うーん、と伸びをして、ヨッコラショ、と半身を起こした。
「うわぁ!」
 驚きのあまり、オウムは羽ばたきを忘れて、ウネの肩の上にポトリと落ちた。
「本当に起きちゃったよ!」
「当たり前だろ。あたしを誰だと思ってるんだい。こちらのことは、夢の世界から見てたよ。何が起こったのかも、ちゃあんと知ってる」
 言って、ウネは飛び起きた。老婆とは思えないほど、身軽な動きで。
「よく来たね、光の戦士達。あたしはウネ。ノア様の弟子だよ! いろいろと話をしなければならないけれど、その前に」
「その前に?」
 ウネは四人にむかって突き出した人差し指を、ちっちっち、と揺らしてみせた。
「久し振りのお目覚めだもの、お風呂に入ってサッパリしなきゃ。あんた達、お湯を湧かしておくれ!」
「……!」

 お風呂に入り、服を着替え、元気一杯に体操をし、軽い食事を食べ、ようやく一息ついたウネは「夢の世界もいいけれど、こっちの世界もいいね!」とやんちゃな笑みを浮かべて満足そうだ。けれどもオウムが威嚇するように翼を広げ「いいことばっかりじゃないよ! とんでもないことになっちゃったよ!」と叫ぶと、しゅん、とうなだれて目を伏せた。
「わかっているよ。本当に、悲しいことだね」
「あのさ」
 会話に、ラーンが割って入る。
「ザンデって、結局、何者なの? 何をしようとしているの? なんか、わかったような、わかんないような感じで、すっごく気持ち悪いんだけど」
「そうだねぇ……」
 呟いて、ウネは指を組んだ。
「あの子は……ノア様の同族、とでも言ったらいいのかね。……神代、と呼ばれる時代を知っているかい?」
 四人は首を振った。
「神代というのは、この地上に神様がいた頃のこと。その時代の世界は神の庭。人間は永遠に近い命を持ち、竜は賢く穏やかで、獣は巧みに言葉を喋った。……けれど、何らかの理由で、神は地上を離れた。獣は言葉を忘れ、竜は凶暴になり、人間は寿命に限りを持った。人々は、過酷な環境の中で生き抜くために、機械を造り、文明を築いた。……これが古代の始まりさ」
 古代、と聞いて、ラーンがぴくりと反応を示した。さらに様々な質問を投げかけようと口を開いた彼女を、ウネは片手を上げて制する。
「ノア様は、神代の人間の唯一の生き残り。そしてザンデは、現代人でありながら、神代人の特徴を色濃く持って生まれてきた」
「……どういうこと?」
「たぶん、突然変異。一種の先祖返りなんだろうと思う。……そうとしか考えられないんだ。あの子の異様な魔力の高さは、普通の人間のレベルを遥かに越えているから。……よくよく考えてごらん、土のクリスタルを自在に操るだなんてことが、そこらの人間にできるとでも思うかい?」
「……」
 四人は顔を見合わせ、首を振った。
 沈黙が落ちる。
 一呼吸置いて、ウネは続ける。
「ノア様が亡くなられた今、力であの子に勝てる人間などいない。ましてや『絶対なる力』なんか手にされた日にゃ、お手上げさ。だから、エウレカの力が必要なんだ。エウレカには、強力すぎて、扱いに困るモノがたくさん封印されているからね。……本当は、そんなもの、使うべきじゃないんだけど……そうでもしなきゃ、あたし達には、あの子を止められない」
「ちょ、ちょっと待ったぁ!」
 ナータが腕を伸ばして叫ぶ。
「結局、ザンデって奴は、何がやりたいんだ? 今の状態でも、そいつは世界一強いんだろ? だったら『絶対なる力』なんざ必要ないだろうに」
「そうだね。あたしもそう思う。けれど、ザンデはそう思ってない。……ザンデは『人間としての命』という『くだらないもの』を与えられたことで、ノア様に見捨てられた、認めてもらえなかった、まだまだ自分には力が足りていない、そう思った。だから、最も強くて、純粋な力を求めた。『絶対なる力』は、すべてを無に還す力だよ。あの子ですら、制御できるかどうか、わからない。もし、制御できなければ、『無』があふれて、世界は完全に無に還るし、もし、制御できたなら……」
 言ってウネは言葉を止めて、指を組んだ。
「……あの子なら、どうするかな。やっぱり世界を滅ぼしてしまうかな。……どうだろう」
「え? じゃあ、ザンデが『絶対なる力』を制御できて、なおかつ『俺はこの力を一生使いません』ってなったら、問題は円満解決、私達の旅も必要ナシ、ってことになるの?」
 ユールの言葉に、一同は、一瞬黙る。
 しかし……。
 ナータが「いや、まぁ、そうなんだけどさ」と、沈黙を破る。
「そんな風に考える奴が、大地震を起こしたり、浮遊大陸を落とそうとしたりするかぁ?」
「不本意だが、ナータに同意だ」
 腕を組んだルーンが、眉間の皺を深くして頷く。
「相手は本気で俺達を殺そうとしている。甘い期待は、しない方がいい」
「そうだねぇ……」
 ウネもまた、沈痛な面持ちで頷く。
「あの子は、誰よりもノア様を慕ってた。だからこそ、ショックだったんだろうね。ノア様が『人間としての命』をくれたことが。『人間としての命』こそ、何よりも素晴らしいものなのに、ザンデには、わからなかったんだね……」
 ウネは、ほう、と溜息をついて、いかんいかん、と首を振った。
「ションボリしてる場合じゃない。いいかい、光の戦士達、これからが踏ん張りどころだよ。ドーガの館へ行って、エウレカの封印を解かないと。今日はここにお泊まりよ。大仕事の前の日は、こんなに休んじゃっていいの? っていうくらい、ぐっすり休まなきゃならないからね!」

 ウネの祠には部屋がひとつ、寝床もひとつしかないから、寝袋を持ち込んで、雑魚寝することになった。
 ウネは「レディーファースト、お年寄り優先!」と叫んで自分のベッドに横になり、さっさと寝入ってしまったけれども、四人はなかなか寝つけなかった。明日の事を考えれば、さっさと眠るべきなのに、身を寄せ合って、浮かんだ疑問を話し合った。
 エウレカとは何なのか。
 古代の民の迷宮の、迎撃システムとはどのようなものか。
 ドーガのこと。ウネのこと。これからのこと。
 いろいろ話をしていくうちに、自然とザンデの話題になった。
 クリスタルをも自在に操る人間とは、どんな奴なのか。
 彼がもらった『人間としての命』とは何なのか。
 人間としての命など、わざわざ与えられなくても、すでに持っているという気がするけれども……。
「もしかすると、ザンデは病気か何かで明日をも知れぬ身だったのでは?」とか、「言葉通りのものではなく、何かの比喩なのでは?」とか、「あたりまえに持っているものだからこそ貴重なのでは?」とか……答えなど出るはずもないのに、ついつい熱心に話し込んでしまい、気がつけば、東の空が白々と明るくなってきた。
 いい加減、そろそろ寝ようか、と誰かが呟いたその時……。
「さあさあ、朝だよ!」
 がば、と、ウネが飛び起きた。
「若い衆、とっとと起きな! まずは朝の体操だよっ!」
「……」
 四人は、寝袋に潜ったイモ虫状態のまま、力なくガクリとうなだれた。

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